NHK教育テレビの工作番組『できるかな』で、長年にわたって子どもたちを楽しませたノッポさんとゴン太くん。チューリップハットをかぶった長身のノッポさんが、言葉を使わずに工作を披露し、独特の声で反応するゴン太くんと掛け合いを繰り広げる姿は、昭和から平成にかけて多くの視聴者の記憶に残っています。
2026年現在、ノッポさんこと高見のっぽさんは2022年9月10日に88歳で逝去しています。また、ゴン太くんの操演を担当した人形劇俳優・井村淳さんも2013年に亡くなりました。番組の最終回は1990年3月6日。最後にノッポさんが初めて話した理由には、本人が明かした意外な思いがありました。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 放送期間:『できるかな』は1970年4月8日から1990年3月6日まで放送されたNHKの幼児向け工作番組。
- 名コンビの正体:ノッポさんは高見のっぽさん、ゴン太くんの操演は人形劇俳優の井村淳さんが担当。鳴き声にはブラジルの楽器クイーカが使われた。
- 2026年の現在:高見さんは2022年9月10日に逝去。2009年発売の完全保存版DVDや2023年のEテレ追悼再放送などに、番組の記録が残されている。
【放送史】ノッポさんとゴン太くんの『できるかな』は1970年から1990年まで放送
『できるかな』は、NHK教育テレビで1970年4月8日に放送を開始した幼稚園・保育園児向けの教育・工作番組です。最終回は1990年3月6日。約20年間にわたって、身近な素材から新しい遊び道具を生み出す楽しさを伝えてきました。
ただし、番組開始当初から現在知られているノッポさんとゴン太くんのコンビだったわけではありません。1970年の初年度と、翌年以降の番組では出演者や構成に変化がありました。
ノッポさんの登場とゴン太くんの誕生
ノッポさんが番組に登場したのは1971年4月です。前身番組『なにしてあそぼう』から親しまれていた高見さんが再登場し、子どもたちの工作を手助けする存在として活躍しました。
この時期に登場した初代ゴン太くんは、現在の着ぐるみとは異なる、ロボットのような姿をした人形でした。自由に動き回ることを想定したキャラクターではなく、工作の内容に合わせて登場する人形という性格が強かったとされています。
大きな転換点となったのが1974年4月です。ゴン太くんが着ぐるみ型の2代目に変更され、ノッポさんと一緒に動き、遊び、反応するキャラクターへと変化しました。
この変更によって、番組の魅力は工作の実演だけでなく、2人の無言劇にも広がります。ノッポさんが何かを作り始めると、ゴン太くんが興味を示したり、邪魔をしたり、完成した作品で一緒に遊んだりする。セリフがなくても関係性が伝わる演出が定着しました。
ナレーションを担当したのは誰?
番組の進行を支えたのが、画面には登場しないナレーション担当者です。番組内では「おしゃべり」と呼ばれ、工作の説明やノッポさん、ゴン太くんの行動の解説を担っていました。
初代の担当者は声優のつかせのりこさんです。1989年5月15日に43歳で逝去した後は、大和田りつ子さんが「かずきかずみ」名義で後任を務めました。
ここで押さえておきたいのは、ナレーションの声とゴン太くんの独特な鳴き声は別物だということです。ゴン太くんが言葉を話しているように感じた視聴者もいましたが、実際にはナレーションと楽器による効果音が組み合わされていました。
【人物とキャラクター】ノッポさんの本名、ゴン太くんの操演担当・井村淳とは
ノッポさんの正体は、俳優・作家として活動した高見のっぽさんです。ここで間違えやすいのが名前の表記です。
高見のっぽさんの本名は高見嘉明(たかみ・よしあき)です。「高見映(たかみ・えい)」は作家として使用した名前であり、本名ではありません。俳優、作家、演出家など複数の分野で活動してきた人物でした。
1934年5月10日、京都府生まれ。父は俳優・芸人として活動した柳妻麗三郎です。高見さんはダンサーとして芸歴をスタートさせ、タップダンスや身体表現を磨きました。
その身体表現の技術が、『できるかな』でのノッポさんの演技に生かされます。言葉を使わず、表情や手の動き、姿勢、リズムだけで感情を表現するスタイルは、パントマイムやダンスの経験があったからこそ成立したものでした。
ゴン太くんを20年間支えた井村淳さん
ゴン太くんの操演を担当したのは、人形劇俳優・演出家の井村淳さんです。
日本コロムビアが発売した『ノッポさんが選んだ完全保存版 できるかな』の商品情報にも、ゴン太くんの操演担当として井村さんの名前が記載されています。また、放送ライブラリーに保存された1976年放送回の出演者情報にも、高見映さんと井村淳さんの名前が確認できます。
井村さんは1952年から舞台やテレビの人形劇に携わり、劇団人形座、劇団人形の家などを経て活動しました。人形劇の演出や公演、ワークショップにも取り組んだ専門家です。
2013年11月には井村さんの訃報が伝えられました。ゴン太くんの愛らしい動きの裏側には、長年にわたって人形を操り続けた熟練の技術があったのです。
ゴン太くんの鳴き声の正体はブラジルの楽器クイーカ
ゴン太くんの特徴といえば、「グホグホ」「ウゴウゴ」と聞こえる、独特の鳴き声です。動物の声のようにも、人間のうなり声のようにも聞こえる不思議な音ですが、その正体はクイーカ(Cuíca)という楽器です。
クイーカはブラジルの打楽器で、膜面の内側に取り付けられた棒を、湿らせた手や布でこすって音を出します。棒の振動が膜に伝わることで、動物の鳴き声を思わせる独特の音が生まれます。
NHKオンデマンドの番組『ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪 国立音楽大学 楽器学資料館』でも、人気キャラクターの声を生み出す楽器が取り上げられています。クイーカの構造を知ると、ゴン太くんの声が単なる電子音ではなく、楽器の特性を生かした効果音だったことが分かります。
また、ナレーションを担当したつかせのりこさんがゴン太くんの声まで担当していたという誤解もありますが、両者は役割が異なります。ナレーションは言葉による説明、クイーカはゴン太くんの感情を表す音という関係でした。
【名コンビの関係】ノッポさんとゴン太くんを支えた関係者・作品相関表
ノッポさんとゴン太くんの魅力は、単純な出演者と人形という関係だけでは説明できません。身体表現を担う高見さん、人形を操る井村さん、声で番組を進行するナレーター、音響を支えるスタッフ。それぞれの役割が重なって、独特の世界観が作られていました。
2009年に公開されたGIGAZINEの高見のっぽさんへのインタビューでは、ゴン太くんについて次のように振り返っています。
「あれは本当に相棒でした」
高見さんは、井村さんとは互いのやり方に干渉せず、相手が何をしたいのかをくみ取って動いていたと説明しています。細かい指示を出さなくても、動きを見れば相手の意図が分かる。長年の共演を支えたのは、こうした信頼関係でした。
番組に関わった主な人物と役割を整理すると、次のようになります。
| 人物・要素 | 役割・担当 | 番組との関係・特徴 |
|---|---|---|
| 高見のっぽ(高見映) | ノッポさん役 | 無言の身体表現と工作の実演を担当。本名は高見嘉明。 |
| 井村淳 | ゴン太くんの操演 | 人形劇の専門家。ノッポさんとの息の合った掛け合いを実現。 |
| つかせのりこ | 初代ナレーション | 番組の「おしゃべり」を担当。1989年5月15日逝去。 |
| 大和田りつ子 | 後任ナレーション | かずきかずみ名義で1989年以降のナレーションを担当。 |
| クイーカ | 効果音 | ブラジルの摩擦太鼓。ゴン太くんの特徴的な鳴き声を表現。 |
| ワクワクさん(久保田雅人) | 後継番組の出演者 | 『ともだちいっぱい』を経て『つくってあそぼ』で工作を紹介。 |
| 高見のっぽ | 『グラスホッパー物語』 | 作詞・脚本・振付・歌・出演などを担当し、71歳で歌手デビュー。 |
この関係性で特に注目したいのは、ノッポさんとゴン太くんの間に、説明的なセリフがほとんど必要なかったことです。
高見さんが動き始めれば井村さんがゴン太くんを動かし、ゴン太くんが反応すれば高見さんがそれを受け止める。視聴者には自然な掛け合いに見えますが、実際には熟練した演者同士の高度なコミュニケーションが成立していたのです。
【伝説の最終回】1990年3月6日にノッポさんが初めて話した本当の理由
『できるかな』の最終回は、1990年3月6日放送の「変身」です。
約20年間、ノッポさんは番組内でほとんど言葉を発しませんでした。工作の説明はナレーションに任せ、身振りや表情だけで視聴者に伝えることが番組の大きな約束事だったからです。
ところが、最終回の終盤、その約束が破られます。
ノッポさんは後継番組の出演者であるワクワクさんとゴロリを紹介する流れの中で、ついに声を発しました。そして、視聴者に向けて番組が新しい番組『ともだちいっぱい』へ移ることを伝えます。
その際に口にしたのが、今も語り継がれる「あーあ、しゃべっちゃった」という言葉でした。
本人がインタビューで明かした意外な理由
なぜ、最後の最後に話すことを選んだのでしょうか。
この疑問について、高見さん自身が2009年のGIGAZINEのインタビューで詳しく語っています。
実は、番組関係者の中には、最後まで無言を貫いた方がよいという意見もあったそうです。長年しゃべらないキャラクターだったため、最後も言葉を使わずに別れの挨拶をする案があったのです。
しかし、高見さん本人は違う考えを持っていました。
本人の説明によると、当時はまだ身体の動きも衰えておらず、手もきれいな状態だったため、もう数年間は番組を続けられるのではないかと考えていたそうです。それにもかかわらず、さまざまな事情で番組が終了することになり、複雑な思いがありました。
そこで高見さんが考えたのが、最後くらいは自分の声を視聴者に聞いてもらうことでした。
長年しゃべらなかったけれど、自分にはこんなに良い声がある。そのことを最後に伝えたいという、本人らしい遊び心も含まれていました。
さらに興味深いのは、実際に本番で声を出した瞬間、視聴者が驚く姿を想像したというエピソードです。本人は、突然しゃべったことへの驚きを含めて「あっ、しゃべっちゃった」という言葉が自然に出たと振り返っています。
つまり、最終回で話した理由は、単に後継番組を紹介するためだけではありません。番組終了への複雑な感情と、最後に自分の声を聞かせたいという本人の希望が重なった出来事だったのです。
この最終回は、ノッポさんの無言というキャラクターを最後まで大切にしながら、視聴者への別れの言葉を届けた特別な放送となりました。
【人気の理由】『できるかな』はなぜ子どもから大人まで愛されたのか
『できるかな』の人気は、単に面白い工作を紹介していたことだけでは説明できません。番組の構成には、子どもが自分で考え、試し、失敗し、完成させる過程を楽しめる工夫がありました。
1. 身近な材料が遊び道具に変わる驚き
段ボール、新聞紙、紙、テープなど、家庭や身近な場所にある材料が工作の主役でした。
特別な機械や高価な道具がなくても、発想次第で新しいものを作れる。その姿をテレビで見せることによって、視聴者自身も「自分なら何を作れるだろう」と考えられる構成になっていました。
完成品を見せるだけでなく、材料を加工する過程や、予想外の変化が起きる瞬間まで丁寧に見せたことも特徴です。
2. 言葉に頼らないからこそ伝わる面白さ
ノッポさんが話さないことで、視聴者は動作や表情から状況を読み取る必要がありました。
ゴン太くんも言葉を話さず、鳴き声や動きで感情を表現します。そのため、年齢が低い子どもでも映像から内容を理解しやすく、説明を聞くだけでは得られない参加感がありました。
また、言葉の意味を細かく理解しなくても楽しめるため、世代を超えて親しまれる作品になりました。
3. 工作の専門家が支えた緻密な番組制作
高見さんは2009年のインタビューで、工作のアイデアは番組の専門スタッフが考えていたと説明しています。
造形の主任を務めた枝常弘さんを中心に、大学関係者などを含む複数の専門家がアイデアを持ち寄り、毎週多くの案から実際に放送するものを選んでいました。
高見さんによると、15分の番組を制作するために、打ち合わせや台本作成、音楽の準備、2日間の稽古などを重ねていたそうです。
こうした制作体制は、放送ライブラリーが紹介する番組の教育的な目的とも一致しています。単に工作の手順や技術を教えるのではなく、楽しさ、驚き、発見を通して、子ども自身の自由で創造的な造形活動を促すことが目指されていました。
実際に『できるかな』は、放送文化基金賞の第4回児童・幼児番組奨励賞を受賞しています。教育番組としての価値も評価されていたのです。
ノッポさんの演技、井村さんの人形操演、ナレーターの声、造形スタッフのアイデア。これらが組み合わさったことこそ、長く愛された大きな理由でした。
【2026年最新情報】高見のっぽさんの現在・追悼再放送・DVDの入手方法
2026年11月現在、ノッポさんとゴン太くんをめぐる話題で特に検索されているのが、高見のっぽさんの訃報、NHKの追悼再放送、そして過去の映像を収録したDVDです。
高見のっぽさんは2022年9月10日に逝去
高見のっぽさんは、2022年9月10日、心不全のため88歳で逝去しました。
訃報が公表されたのは2023年5月10日です。日刊スポーツなどの報道によると、高見さん本人が生前、亡くなったことを半年以上伏せてほしいと希望していたため、誕生日に合わせて発表されました。
葬儀は近親者で執り行われています。
ノッポさんとしての活動以外にも、高見映名義で児童書や絵本、エッセーなどを発表し、脚本、演出、振り付けなど幅広い分野で活躍しました。
その後も創作活動を続け、2013年からは宮沢賢治作品の一人芝居にも取り組んでいました。ノッポさんというキャラクターだけでは語り尽くせない、多才な表現者だったのです。
NHK Eテレの追悼再放送はいつ行われた?
訃報の公表後、NHKは高見さんをしのぶ関連番組の放送を発表しました。
2023年5月14日未明には、Eテレで『できるかな』の15分番組4本が放送されました。
- 「ロボット」:1981年11月10日放送
- 「おいしゃさん」:1982年5月11日放送
- 「新聞紙」:1988年10月18日放送
- 「変身」:1990年3月6日放送・最終回
特に注目されたのが、ノッポさんが初めて話した最終回「変身」です。無言のキャラクターとして長く親しまれてきたノッポさんの肉声を、改めて見られる機会となりました。
さらに、同日には『みんなのうた』で放送された「グラスホッパー物語」シリーズも再放送されました。5月19日には『Eテレタイムマシン』でも「ロボット」と最終回「変身」がアンコール放送されています。
これらはNHKが発表した追悼企画として報道された放送実績です。2026年11月時点では、この2023年5月の特別編成が代表的な追悼再放送として確認できます。新たな追悼特番の放送日時については、NHKの番組発表を確認する必要があります。
『ノッポさんが選んだ完全保存版 できるかな』DVDとは?
過去の『できるかな』を見たい人にとって、重要な保存資料となるのが日本コロムビアから発売されたDVDシリーズです。
2009年12月23日に『ノッポさんが選んだ完全保存版 できるかな ベスト30選 DVD-BOX』が発売されました。
全5枚組で、ノッポさんや当時のスタッフが資料をもとに選んだ30回を収録しています。
- 発売日:2009年12月23日
- 商品名:ノッポさんが選んだ完全保存版 できるかな ベスト30選
- 仕様:DVD全5枚組
- 本編収録時間:450分
- 特典映像など:75分
- 発売元:日本コロムビア
収録内容には「まるめてあそぼう」「ロボット」「おいしゃさん」「クリスマス」「新聞紙」など、1976年度から1989年度までの代表的なエピソードが含まれています。
ただし、商品名に「完全保存版」とありますが、全20年間の全放送回を収録した完全な全話DVDではありません。厳選されたベスト30回を収録した作品集です。
購入を検討する場合は、この違いを理解しておくことが大切です。2026年現在の新品・中古の在庫状況や販売価格は店舗によって異なります。商品番号や収録内容を照合してから選ぶと、別の関連DVDと間違えにくくなります。
高見のっぽさんの晩年を彩った『グラスホッパー物語』
ノッポさんの活動を振り返るうえで欠かせないのが、NHK『みんなのうた』で発表された『グラスホッパー物語』です。
高見さんは2005年、71歳で歌手デビューを果たしました。この作品では歌だけでなく、作詞、脚本、振り付け、演技なども担当しています。
作曲を担当したのは松本俊明さんです。ロンドンで起きた小さな出来事をもとに生まれた楽曲に、高見さんが物語性のある歌詞を付けました。
作品は3部作として展開されました。
- 2005年:「グラスホッパー物語」
- 2007年:「ハーイ!グラスホッパー」
- 2009年:「グラスホッパーからの手紙~忘れないで~」
物語の中心となるのは、おじいさんバッタと3匹の孫バッタです。世代を超えた交流や、まだ見ぬ世界へ飛び出す勇気、人間と自然の共生などが描かれています。
高見さんは2009年のインタビューで、最初の作品に込めたメッセージを「とべとべ」と説明しています。失敗を恐れずに挑戦することの大切さを伝えようとした作品でした。
『できるかな』のノッポさんを知る世代にとっては懐かしく、初めて見る世代にとっては高見のっぽという表現者の新しい一面を知る機会になります。
【よくある質問】ノッポさんとゴン太くんに関するFAQ
Q1:ノッポさんの本名は高見映ですか?
A1:いいえ。高見のっぽさんの本名は高見嘉明(たかみ・よしあき)です。高見映は作家として使用した名前で、ノッポさんは番組での愛称です。
Q2:ノッポさんはいつ亡くなりましたか?
A2:2022年9月10日に心不全のため88歳で逝去しました。訃報は本人の生前の希望により、2023年5月10日に公表されました。
Q3:ゴン太くんの中に入っていた人は誰ですか?
A3:人形劇俳優・演出家の井村淳さんです。高見のっぽさんとは長年にわたり息の合った共演を続けました。
Q4:ゴン太くんの鳴き声は誰の声ですか?
A4:特徴的な鳴き声は、ブラジルの打楽器クイーカを使った効果音です。ナレーション担当のつかせのりこさんの声とは異なります。
Q5:ノッポさんが最終回で話したのはなぜですか?
A5:本人が2009年のインタビューで、最後に自分の良い声を視聴者に聞いてもらいたかったと説明しています。番組終了への複雑な思いもありました。最終回は1990年3月6日放送の「変身」です。
Q6:ゴン太くんには初代と2代目がいるのですか?
A6:はい。初代はロボットのような人形で、1974年から着ぐるみ型の2代目に変更されました。現在よく知られている姿は2代目のものです。
Q7:『できるかな』のDVDは全話収録されていますか?
A7:いいえ。2009年発売の『ノッポさんが選んだ完全保存版 できるかな ベスト30選』は、選りすぐりの30回を収録した全5枚組のDVD-BOXです。全放送回を網羅した商品ではありません。
まとめ:ノッポさんとゴン太くんが残したものは2026年も色あせない
『できるかな』は、1970年から1990年まで放送されたNHKの幼児向け工作番組です。高見のっぽさんが演じたノッポさんと、井村淳さんが操演したゴン太くんのコンビは、言葉に頼らない身体表現と人形劇の魅力を広く伝えました。
ノッポさんの本名は高見嘉明、作家名義は高見映。ゴン太くんの鳴き声はクイーカという楽器によるもので、ナレーションを担当したつかせのりこさんや後任の大和田りつ子さんも、番組の世界を支えた重要な存在です。
1990年3月6日の最終回でノッポさんが初めて話した背景には、自分の声を最後に視聴者へ届けたいという本人の思いがありました。番組の終了を告げるだけではない、表現者としての高見さんらしい最後の演出だったのです。
2022年9月10日に高見さんが逝去し、2013年には井村さんも亡くなりました。しかし、2009年発売のDVDや2023年のNHK追悼再放送、『グラスホッパー物語』などを通じて、2人が築いた世界に触れることはできます。
『できるかな』が残した最大の財産は、完成した工作そのものではありません。身近な材料から何かを生み出す楽しさ、失敗しても工夫する面白さ、そして誰かと一緒に作る喜びです。
ノッポさんとゴン太くんが画面越しに伝えてくれた「自分で考えて、やってみる」という姿勢は、2026年の子どもたちにも、大人になったかつての視聴者にも通じるメッセージです。 (出典: ノッポ さん ゴン 太 くん(Yahoo!ニュース))