東京・上野恩賜公園の入口近くに立つ「上野の西郷さん」。犬を連れ、着流し姿で堂々と立つ西郷隆盛の銅像は、上野を代表する観光名所であり、待ち合わせ場所としても長く親しまれてきました。
この像を制作したのは、彫刻家の高村光雲です。ただし、隣にいる愛犬の彫刻は後藤貞行が担当しました。明治23年(1890年)に建立計画が持ち上がり、明治31年(1898年)12月18日に除幕式が行われています。像の高さは370.1cm。さらに、なぜ西郷像が上野に設置されたのか、実際の愛犬ツンがモデルだったのかなど、知るほど興味深い歴史があります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 作者:人物像は高村光雲が中心となって制作し、犬の原型は後藤貞行が担当した。
- 建立の理由:西郷隆盛の功績を顕彰するため、旧友らが発起人となって建立。上野は彰義隊との黒門口の戦いに薩摩軍が関わったゆかりの地だった。
- 現在の見どころ:像の高さは370.1cm。犬の名前はツンとされ、JR上野駅から徒歩約1分で見学できる。
【作者は誰?】高村光雲と後藤貞行が手がけた西郷隆盛像の制作秘話
上野西郷隆盛像の作者を調べると、必ず登場するのが高村光雲と後藤貞行です。二人はそれぞれ異なる部分を担当し、現在まで残る特徴的な銅像を完成させました。
人物像を中心に担当した彫刻家・高村光雲
高村光雲(1852~1934年)は、明治から昭和初期にかけて活躍した日本を代表する彫刻家です。東京・浅草に生まれ、仏師のもとで木彫の技術を身につけました。
明治維新後、廃仏毀釈によって仏師の仕事が減少するなか、西洋美術の写実的な表現も取り入れながら、新しい時代の彫刻を切り開いていきました。
上野の西郷像では、光雲が木型製作の主任を務めています。東京藝術大学の前身である東京美術学校との関係も深く、弟子の林美雲らとともに人物部分の制作に携わりました。
光雲の代表作には、東京国立博物館所蔵の重要文化財「老猿」があります。細かな木彫表現と生命感のある造形で知られ、西郷像にもその技術が生かされています。
犬の彫刻を担当した後藤貞行
西郷の足元に寄り添う犬を制作したのは、後藤貞行です。
後藤は動物彫刻、とりわけ馬の表現を得意とした彫刻家でした。馬の骨格や筋肉、動物特有の姿勢を理解した技術が評価され、西郷像では犬の原型制作を任されています。
人物と犬を別々の専門家が担当したことは、この銅像の制作背景を理解するうえで重要です。西郷の存在感だけでなく、犬の自然な立ち姿まで表現するために、専門性を分けた共同制作が行われました。
鋳造を担当した岡崎雪声も重要な人物
制作に関わった人物は、高村光雲と後藤貞行だけではありません。
東京藝術大学の藝大アートプラザによる制作解説では、人物像を高村光雲と弟子の林美雲、犬を後藤貞行、鋳造を岡崎雪声が担当したと整理されています。
つまり、西郷隆盛像は一人の彫刻家がすべてを作り上げた作品ではなく、木型制作、動物彫刻、鋳造という異なる専門技術が結集した近代日本の記念碑なのです。
【なぜ上野にある?】彰義隊との黒門口の戦いと建立地決定の背景
西郷隆盛は鹿児島出身で、明治維新を主導した人物です。それにもかかわらず、なぜ東京の上野公園に銅像が建てられたのでしょうか。
その答えは、幕末の戊辰戦争における上野戦争と彰義隊の黒門口の戦いにあります。
上野戦争で薩摩軍が戦った歴史的な場所
江戸時代、現在の上野恩賜公園一帯には、徳川将軍家の菩提寺として知られる寛永寺がありました。
慶応4年(1868年)、戊辰戦争の一環として上野戦争が発生します。徳川幕府を守ろうとする彰義隊が寛永寺周辺に陣取り、新政府軍と激突しました。
新政府軍の中心となった薩摩軍は、西郷隆盛と関係の深い軍事勢力です。特に黒門口では激しい戦闘が行われました。
国立国会図書館国際子ども図書館の解説でも、西郷率いる薩摩軍と彰義隊がこの周辺で激戦を繰り広げた歴史が紹介されています。
そのため、上野は西郷の功績を象徴する土地の一つと考えられ、銅像の設置場所として選ばれたのです。
当初は皇居周辺への建立も検討されていた
興味深いのは、建立計画の初期段階では、上野以外の候補地も検討されていたことです。
東京都江戸東京博物館の図書室が公開している調査資料によると、発起人の一人である樺山資紀らの間では、皇居に近い宮城前広場の楠木正成像付近に建立する案も出ていました。
しかし、西郷は西南戦争で新政府と戦った人物でもあります。復権後であっても、政治的な反感が残っていたため、皇居周辺への設置には難しい事情がありました。
最終的には、薩摩軍が奮戦した上野が候補地となり、三枚橋周辺、不忍池のほとり、旧陸軍陣地付近なども検討された末、現在の山王台付近に落ち着きました。
ここには、歴史的な功績を顕彰するだけでなく、明治政府成立までの複雑な政治的事情も反映されています。
彰義隊の墓の近くに立つという歴史的な意味
現在の西郷隆盛像は、上野戦争で命を落とした彰義隊士の墓からも遠くない場所にあります。
つまり、かつて敵対した新政府軍側の象徴と、幕府側として戦った人々の慰霊の場所が、同じ上野の山に存在しているのです。
この配置は、上野が単なる観光地ではなく、幕末から明治への政治的転換を記憶する場所であることを物語っています。
【建立の経緯と1898年の除幕式】西郷隆盛像の歴史年表・関係者一覧
西郷隆盛像の建立計画は、本人の死後すぐに実現したわけではありません。西南戦争で亡くなった西郷を再評価する社会的な動きが進み、旧友らによる顕彰事業として具体化しました。
1890年の建立計画から1898年の完成まで
建立の話が持ち上がったのは明治23年(1890年)です。その後、明治26年(1893年)から募金運動が始まり、寄付金をもとに制作が進められました。
東京藝術大学の藝大アートプラザによる解説では、明治天皇も建立資金として金一封を寄せたと紹介されています。西郷を顕彰する動きが、個人的な追悼にとどまらず、広く社会的な事業となっていたことが分かります。
主な歴史的経緯と関係者を整理すると、次のとおりです。
| 人物・時期 | 役割・出来事 | 詳細・関係性 |
|---|---|---|
| 西郷隆盛 | 銅像のモデル | 明治維新の指導者。1877年に西南戦争で亡くなる |
| 樺山資紀 | 建立発起人 | 鹿児島出身の人物として銅像建立に関わる |
| 高村光雲 | 人物像の制作主任 | 木型制作を中心に担当 |
| 林美雲 | 人物像の制作補助 | 高村光雲の弟子として制作に参加 |
| 後藤貞行 | 犬の原型制作 | 西郷の傍らに立つ犬を担当 |
| 岡崎雪声 | 鋳造 | 銅像を完成させる鋳造工程を担当 |
| 1890年~1893年 | 建立計画・募金 | 建立構想が具体化し、寄付を募る |
| 1897年 | 施工 | 銅像の制作・施工が進む |
| 1898年12月18日 | 除幕式 | 上野公園で銅像が公開される |
この年表から分かるように、建立構想から完成まで約8年を要しました。人物像と犬の造形、鋳造など複数の工程を経て、現在の銅像が完成しています。
明治31年12月18日に行われた除幕式
西郷隆盛像の除幕式は、1898年(明治31年)12月18日に行われました。
西郷の死から21年後のことです。かつて新政府に反旗を翻した人物が、明治の東京を代表する公園に銅像として姿を現したことは、当時の社会にとっても象徴的な出来事でした。
現在では「上野の西郷さん」と呼ばれ、政治家や軍人としての功績だけでなく、親しみやすい人物像を伝える観光名所として定着しています。
【顔が似ていない理由】西郷隆盛の写真が残っていないことが関係していた
上野の西郷隆盛像を見た人が抱きやすい疑問の一つが、「実際の西郷隆盛の顔に似ているのか」という問題です。
実は、西郷の顔を正確に再現することには、制作当時から大きな難しさがありました。
西郷隆盛本人の写真は現存していない
国立国会図書館の人物解説によると、西郷隆盛の生前の写真は残っていません。
そのため、銅像の制作では、本人の写真を直接参照することができませんでした。
参考にされたのは、イタリア人画家・銅版画家のキヨソーネ(キオソーネ)が描いた西郷の肖像画です。
この肖像画は1878年に描かれたもので、西郷本人の写真ではなく、弟の西郷従道と従弟の大山巌の写真をもとにしたと国立国会図書館の歴史事典は説明しています。
つまり、銅像の顔は、本人の写真を忠実に立体化したものではなく、親族の顔や関係者の証言などを手掛かりに造形されたものなのです。
妻・糸子が除幕式で語ったとされる言葉
西郷像の顔にまつわる有名なエピソードがあります。除幕式に出席した妻の糸子(イト)が、像を見て次のように語ったという話です。
「宿んしはこげんなお人じゃなかったこてぇ」
鹿児島の言葉で、「うちの主人はこんな人ではなかった」という意味に近い表現です。
この逸話は国立国会図書館の中高生向け歴史事典にも紹介されています。
ただし、この言葉が顔の造形だけを指したのか、服装や立ち姿を含めた人物全体への感想だったのかは、明確ではありません。
西郷像は軍服姿でも、威厳を強調した正装でもありません。着流し姿で犬を連れ、狩猟に出かけるような日常的な姿です。
明治維新の中心人物として知られる西郷を、家族が知る普段の姿と比較すれば、違和感が生じても不思議ではありません。
顔の違いをめぐる話題の背景には、本人の写真がないという歴史的事情と、銅像に表現された西郷の人物像の違いが重なっているのです。
【愛犬ツンの真相】後藤貞行が作った犬は本当に西郷の愛犬だったのか
西郷隆盛像を特徴づけているのが、足元に寄り添う犬の存在です。
この犬は一般に「ツン」と呼ばれています。西郷隆盛が犬を愛し、狩猟を楽しんでいたことを象徴する存在です。
ツンは西郷が実際に飼っていた愛犬の名前
西郷隆盛は生涯を通じて犬を大切にした人物として知られています。
鹿児島県立図書館のレファレンス資料では、西郷が飼っていた犬の名前として、クロ、カヤ、ツマ、ブチ、ツン、ユキ、ハヤ、マツ、シロなどが紹介されています。
犬は少ないときで2~3頭、多いときには12~13頭ほど飼っていたという記録もあります。
西郷にとって犬は単なる猟犬ではなく、日常生活をともにする身近な存在でした。狩猟を楽しむ姿が銅像のモチーフに採用された背景にも、こうした愛犬家としての一面があります。
銅像の犬は実際のツンそのものではないという説
ここで注目したいのが、実際の愛犬ツンと銅像の犬の関係です。
鹿児島県立図書館が紹介する書籍『犬たちの明治維新』に基づくレファレンスでは、銅像の犬は西郷が飼っていたツン本人ではなく、薩摩出身の海軍中将・仁礼景範が東京で飼っていた桜島産の薩摩犬をモデルにしたと説明されています。
小学館の雑誌『サライ』でも、モデル犬として仁礼景範の飼い犬「サワ」を紹介しています。
さらに、実際のツンは雌犬だったとされる一方、銅像のモデルになった犬は雄犬だったという説もあります。
ここで整理しておきたいのは、次の違いです。
- ツン:西郷隆盛が実際に飼っていた愛犬の名前。
- 銅像の犬:ツンを象徴する存在として造形された犬。
- 制作時のモデル:別の薩摩犬を使用したとする資料がある。
- 彫刻の作者:動物彫刻を得意とした後藤貞行。
したがって、銅像の犬はツンを表現したものですが、実際のツンの姿をそのまま再現した肖像彫刻とは限りません。
2026年にも再注目される西郷と犬の関係
2026年9月25日には、西郷まちなか博覧会の公式サイトで「西郷どんと犬―どんな時も、いつもそばに―」というコラムが公開されました。
奄美大島での生活や狩猟、流罪生活などを通じて、西郷が犬とどのように関わってきたのかを紹介する内容です。
歴史上の英雄という側面だけでなく、犬をかわいがり、食べ物を分け与える一人の人間としての西郷隆盛にも光が当たっています。
上野の銅像に犬がいる理由を知ると、作品全体の見え方も変わります。人物像と犬の彫刻をセットで見ることで、西郷の人柄まで想像できるのです。
【2026年最新】上野西郷隆盛像の大きさ・見どころ・上野駅からのアクセス
上野西郷隆盛像は、現在も上野恩賜公園の代表的な観光スポットです。2026年現在も屋外で見学でき、入園料を必要とせず気軽に立ち寄れます。
西郷隆盛像の高さは370.1cm!詳しいサイズ
東京都建設局の上野恩賜公園公式サイトでは、像の寸法が次のように公表されています。
- 身長:370.1cm
- 胸囲:256.7cm
- 足の長さ:55.1cm
高さ約3.7mという大きさは、実際に現地で見上げるとかなりの迫力があります。
台東区公式観光情報でも高さ約3.7m、胸囲約2.6mと紹介されており、上野の待ち合わせ場所や写真撮影スポットとして親しまれています。
現在の見どころは顔・服装・犬の3つ
初めて訪れるなら、次の3点に注目すると西郷像をより深く楽しめます。
1.西郷隆盛の表情
本人の写真が残っていないという背景を踏まえ、彫刻家がどのような人物像を表現しようとしたのかを考えながら顔を眺めてみてください。
2.着流し姿と草履
軍服や甲冑ではなく、普段着に近い服装で立っている点が特徴です。英雄としての威厳だけでなく、日常の西郷を表現した姿として見ることができます。
3.足元の犬
人物像に目を奪われがちですが、犬の姿勢や表情にも注目してください。後藤貞行の動物彫刻の技術を感じられる部分です。
JR上野駅から徒歩約1分!アクセス方法
西郷隆盛像の所在地は、東京都台東区上野公園1です。
台東区公式観光情報によると、JR上野駅から徒歩約1分。上野公園の入口に近い場所にあるため、駅からのアクセスは非常に良好です。
- JR上野駅:徒歩約1分
- 京成上野駅:徒歩約1分
- 東京メトロ上野駅:上野恩賜公園まで徒歩約4分が目安
像は上野公園の南東部分に位置する山王台広場にあります。上野広小路方面を見渡すように南向きに立っているのも特徴です。
また、国立国会図書館国際子ども図書館の案内によると、像のある山王台広場は周辺の建物の屋上部分ともつながっており、上野駅側からエレベーターを利用してアクセスすることもできます。
高低差のある場所なので、階段を避けたい場合は駅側のエレベーター経由の動線も確認しておくと便利です。
2026年に立ち寄りたい上野公園周辺の観光スポット
西郷隆盛像だけを見て帰るのは少しもったいないかもしれません。上野恩賜公園には、歴史や文化、自然を楽しめる場所が集まっています。
清水観音堂
寛永8年(1631年)に建立された歴史あるお堂です。京都の清水寺を参考にした建築で、不忍池方面の景観とあわせて楽しめます。
上野東照宮
1627年創建の神社で、徳川家康を祀っています。金色殿をはじめとする豪華な建築が見どころで、戦争や震災を乗り越えた江戸初期の建築として国の重要文化財に指定されています。
2026年11月の冬季参拝時間は9時~16時30分。参拝は無料ですが、社殿を間近で見る拝観は大人700円です。
公園内の2026年秋冬イベント
東京都建設局が2026年10月30日に更新したイベント案内では、11月6日~8日の「Peace of Light」や、11月6日~12月25日の「東京クリスマスアドベント」などが掲載されています。
イベントは開催場所や日程が異なるため、訪問当日は公園の最新案内を確認すると、銅像見学と季節の催しを組み合わせられます。
上野恩賜公園の開園時間と見学時の注意点
東京都建設局が2026年9月1日に更新した公園案内によると、上野恩賜公園の基本情報は次のとおりです。
- 開園時間:5時~23時
- 入園料:無料(一部有料施設あり)
- 所在地:東京都台東区上野公園・池之端三丁目
西郷像は屋外にあるため、施設の入館予約などは必要ありません。ただし、公園の開園時間や周辺施設の営業時間は区別して考える必要があります。
特に上野東照宮や博物館などを一緒に訪問する場合は、それぞれの施設の営業時間と休館・休業情報を事前に確認しておきましょう。
【よくある質問】上野西郷隆盛像に関するFAQ
Q1:上野の西郷隆盛像を作った作者は誰ですか?
A1:人物像は高村光雲が中心となって制作し、犬の彫刻は後藤貞行が担当しました。人物部分には林美雲も参加し、鋳造は岡崎雪声が担当しています。
Q2:西郷隆盛像はなぜ上野に建てられたのですか?
A2:戊辰戦争の上野戦争で、彰義隊と新政府軍の薩摩兵が黒門口付近で激戦を繰り広げた歴史があるためです。西郷ゆかりの地として、建立場所に選ばれました。
Q3:西郷隆盛像の除幕式はいつ行われましたか?
A3:明治31年(1898年)12月18日です。西郷隆盛の死から21年後に行われました。
Q4:西郷隆盛像の高さは何メートルですか?
A4:東京都建設局の公表値では370.1cm、約3.7mです。胸囲は256.7cm、足の長さは55.1cmです。
Q5:銅像の犬の名前は本当にツンですか?
A5:一般にツンと呼ばれています。ツンは西郷が実際に飼っていた愛犬の名前ですが、銅像制作時には別の薩摩犬をモデルにしたという資料もあります。
Q6:西郷隆盛像は上野駅から徒歩何分ですか?
A6:台東区公式観光情報では、JR上野駅から徒歩約1分と案内されています。京成上野駅からも徒歩約1分です。
Q7:西郷隆盛像の見学に料金はかかりますか?
A7:像は上野恩賜公園内の屋外にあり、公園への入園は無料です。特別な入場券や見学予約は必要ありません。
まとめ:【プロの結論】上野の西郷隆盛像は明治維新と上野戦争を伝える歴史的遺産
上野西郷隆盛像は、単に明治維新の英雄を記念した銅像ではありません。制作に関わった彫刻家たちの技術、建立を進めた旧友たちの思い、そして幕末の上野戦争という複数の歴史が重なった作品です。
重要なポイントを振り返ると、次のようになります。
- 人物像の制作を中心となって担当したのは高村光雲。
- 愛犬の彫刻を制作したのは後藤貞行。
- 建立の発起人には鹿児島出身の樺山資紀らがいた。
- 明治31年(1898年)12月18日に除幕式が行われた。
- 像の高さは370.1cmで、犬は一般にツンと呼ばれる。
- 上野に設置された背景には、彰義隊との黒門口の戦いがある。
特に注目したいのは、西郷隆盛像が軍服姿ではなく、犬を連れた日常的な姿で表現されている点です。政治家や軍事指導者としての功績だけでなく、愛犬家としての人間的な一面まで伝えようとする造形には、当時の顕彰のあり方が表れています。
また、彰義隊の墓に近い場所に立っているという事実も見逃せません。勝者と敗者、旧幕府と新政府という対立の記憶が、現在の上野公園には同時に残されています。
【プロの結論】上野の西郷隆盛像を本当に楽しむなら、人物の大きさや写真映えだけで評価するのではなく、「誰が作ったのか」「なぜこの場所にあるのか」「犬はなぜ一緒にいるのか」という3つの視点を持つことが大切です。
2026年に上野を訪れる際は、西郷像を起点に上野戦争の歴史や周辺の文化財にも目を向けてみてください。いつもの観光風景が、明治維新から現代まで続く東京の歴史を感じられる場所へと変わるはずです。
主な参照資料
- 東京都建設局「上野恩賜公園・公園の見どころ」
- 東京都江戸東京博物館「西郷隆盛像の作者と建立地に関するレファレンス」
- 国立国会図書館「中高生のための幕末・明治の日本の歴史事典」
- 東京藝術大学・藝大アートプラザ「高村光雲と西郷隆盛像」
- 台東区公式観光情報「西郷隆盛銅像」
- 鹿児島県立図書館レファレンス協同データベース
- 東京都建設局「2026年イベント案内」
(出典: 上野 西郷 隆盛 像(Yahoo!ニュース))