松鳳山は1984年2月9日生まれ、福岡県築上郡築上町出身です。本名は松谷裕也。駒澤大学を卒業した後、元大関・若嶋津が師匠を務めていた松ケ根部屋に入門しました。
2006年3月場所で初土俵を踏み、2010年5月場所で新十両、2011年11月場所で新入幕を果たします。そして2013年1月場所には新小結に昇進。大学卒業後に角界入りした力士として、幕内上位まで駆け上がりました。
持ち味は、相手に休む間を与えない鋭い突き押しと前進力です。体格で圧倒するというより、立ち合いから積極的に攻め、相手の懐に飛び込む相撲で存在感を発揮しました。気迫を前面に出す取り口から、対戦相手にも観客にも強い印象を残しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 松谷裕也 |
| 四股名 | 松鳳山裕也 |
| 生年月日 | 1984年2月9日 |
| 2026年11月現在の年齢 | 42歳 |
| 出身地 | 福岡県築上郡築上町 |
| 学歴 | 駒澤大学卒業 |
| 初土俵 | 2006年3月場所 |
| 新十両 | 2010年5月場所 |
| 新入幕 | 2011年11月場所 |
| 新三役 | 2013年1月場所 |
| 最高位 | 小結 |
| 引退届受理 | 2022年6月22日 |
| 引退場所 | 2022年7月場所 |
松鳳山の実績を数字で見ると、幕内で長く戦い続けた力士だったことが分かります。
生涯戦歴
605敗22休・96場所
幕内戦歴
415敗・51場所
金星
横綱からの勝利
三賞
殊勲賞1回・敢闘賞3回
各段優勝
- 十両優勝:1回
- 幕下優勝:2回
- 序二段優勝:1回
- 幕内優勝:0回
出典:日本相撲協会公式力士プロフィール
特に注目したいのが金星5個という記録です。金星とは、平幕の力士が横綱に勝った際に与えられる称号です。小結まで昇進した松鳳山は、上位力士との対戦でも簡単には引き下がらず、横綱を相手に5勝を挙げました。
幕内優勝こそありませんが、殊勲賞1回、敢闘賞3回という実績もあります。三役在位は5場所で、いずれも小結。最高位を大関や関脇まで伸ばせなかったとしても、幕内で51場所を戦い抜いたキャリアは評価に値します。
なお、日本相撲協会の公式プロフィールでは、生涯戦歴は96場所と記録されています。引退時期を調べる際は、最後に実際に出場した場所と、協会プロフィールに記載された引退場所を区別すると混乱しません。
【松鳳山の引退理由】38歳で土俵を去った決断の背景
松鳳山の引退は、2022年6月22日に明らかになりました。日本相撲協会が本人の引退届を受理し、6月28日に両国国技館で引退会見が行われています。
引退の直接的なきっかけとなったのは、2022年5月の夏場所でした。東十両12枚目で臨んだ場所の成績は3勝12敗。負け越しによって、7月場所では幕下への陥落が避けられない状況になっていました。
2022年5月・夏場所
東十両12枚目で3勝12敗。関取としての地位を維持することが難しくなる。
夏場所14日目
千代の国との一番で敗戦。長い相撲の末に攻め切れず、本人はこの取組を現役生活の区切りとして受け止めた。
千秋楽翌日
師匠の放駒親方と今後について話し合い、引退の意思を固める。
2022年6月22日
日本相撲協会が引退届を受理。
2022年6月28日
両国国技館で引退会見を開催。16年間の現役生活を振り返った。
引退会見で松鳳山は、千代の国戦について、やり切った気持ちになり、自分の相撲人生が終わったと感じた趣旨を説明しました。また、肉体的にも限界だったと振り返っています。
「すごくスッキリした気持ちです」
2022年6月28日の引退会見での発言。日刊スポーツ報道より。
師匠の放駒親方は、松鳳山が「相撲を取るのが怖くなった」と話していたことも明かしています。再十両を目指して7月場所に臨む選択肢もあったものの、本人の気持ちを尊重して引退を受け入れたという経緯です。
一方、本人には40歳まで関取でいるという目標がありました。35歳ごろに掲げた目標を38歳で断念することになり、その点には悔しさも残っていたようです。
つまり、松鳳山の引退理由は単純な年齢の問題だけではありません。成績の低迷、幕下陥落の現実、肉体的な限界、そして相撲を取ることへの心理的な変化が重なった決断でした。
【松鳳山が親方にならなかった理由】年寄名跡を取得せず独立した背景
松鳳山について検索されることが多い疑問の一つが、「なぜ小結まで務めたのに親方にならなかったのか」という点です。
大相撲では、現役引退後も日本相撲協会に所属する道があります。親方として後進の育成や部屋の運営に携わる働き方です。そのためには日本国籍などの条件に加え、年寄名跡を取得する必要があります。
日刊スポーツの2022年6月29日の報道によると、親方になるための現役成績の条件は、基本的に次のいずれかです。
- 最高位が三役以上
- 幕内在位20場所以上
- 十両以上在位30場所以上
松鳳山は最高位が小結で、幕内在位も51場所ありました。したがって、現役成績の面では親方になるための条件を満たす実績がありました。しかし、引退時に年寄名跡を取得しておらず、協会に残る選択をしませんでした。
その理由については、2022年6月28日の引退会見で本人が率直に説明しています。
「あんまり自分は指導者に向いていないと思うし、プレーヤーでいたいと思う」
日刊スポーツによる引退会見の報道より。
松鳳山は、根気強く人に教えることが得意ではなく、自分の感覚で理解してしまうタイプだと説明しました。自分が経験してきたことを、別の形で誰かの役に立てたいという思いも持っていたといいます。
さらに2026年1月の日刊ゲンダイのインタビューでも、親方として若い力士を預かり、その人生を背負って育てる責任は自分には重すぎると語っています。
この発言から見えてくるのは、相撲界での地位や安定よりも、自分の適性に合った仕事を選んだということです。
親方にならなかったことを、実績不足や不祥事による退職と結び付けるのは正確ではありません。三役経験者でありながら、自ら協会に残らない道を選んだ人物として、引退当時も珍しいケースとして報じられました。
【焼肉ホルモン松鳳山】船橋で自分の店を開いた理由と現在の経営
松鳳山の引退後の仕事を象徴するのが、千葉県船橋市の焼肉店「焼肉ホルモン松鳳山」です。
店舗がオープンしたのは2024年5月19日。引退から約2年後の開業でした。店名には現役時代の四股名をそのまま使用しており、力士として築いてきた知名度と船橋への愛着を生かした事業です。
2024年6月の日刊スポーツのインタビューでは、松鳳山が船橋を選んだ理由を明かしています。
現役時代の16年間を船橋で過ごし、部屋の関係者や地元の人々に支えられてきたことが大きかったといいます。福岡の実家で過ごした18年間と同じくらい、船橋での生活にも思い入れがありました。
本人にとって船橋は、単に店舗を出すための場所ではありません。力士・松鳳山という名前を地域の人々に知ってもらい、応援してもらった土地でした。
また、焼肉を選んだ理由も明快です。本人は食べることが好きで、現役時代から焼肉店によく足を運んでいました。ちゃんこ料理ではなく焼肉にしたのは、夏場でも利用してもらいやすく、年間を通してお客さんに来てもらえると考えたためです。
引退前から飲食店経営を考えており、引退後には焼肉店で修業を積んで開業に備えました。単に有名人の名前を掲げた店ではなく、実際に飲食業の経験を積んで始めた事業です。
| 項目 | 公表されている情報 |
|---|---|
| 店名 | 焼肉ホルモン松鳳山 |
| 所在地 | 千葉県船橋市本町4-4-1 喜久水ビル2階 |
| JR船橋駅 | 徒歩約5分 |
| 京成船橋駅 | 徒歩約3分 |
| 営業時間 | 17時~23時 |
| 料理ラストオーダー | 22時 |
| ドリンクラストオーダー | 22時30分 |
| 定休日 | 月曜日 |
| 総席数 | 36席 |
| 電話番号 | 047-400-9926 |
店舗公式サイト掲載情報。営業時間・営業日は変更される場合があります。
公式サイトでは、黒毛和牛のホルモンを使用していることや、宮崎県の提携牧場から肉を直送していることが紹介されています。
メニューには、人気の「松鳳山ロース」をはじめ、カルビ、ハラミ、ホルモンなどが並びます。焼肉だけでなく、ちゃんこスープや冷麺、ご飯ものなど、相撲を連想させる料理も用意されています。
現役時代の経験を店づくりに反映している点も特徴です。例えば、相撲にちなんだメニュー名を付けることで、初めて訪れる人にも楽しんでもらえる工夫をしています。
2026年1月18日の日刊ゲンダイのインタビューでは、松鳳山は月曜日以外はほぼ毎日店に出て、ホールで接客していると紹介されました。店にはアルバイトスタッフもおり、10人近くを雇用していると本人が説明しています。
かつて土俵上で厳しい表情を見せていた松鳳山ですが、店では地元住民や相撲ファン、会社経営者など幅広い客と交流しています。現役時代の強面の印象とは違い、気さくに話をする姿も紹介されました。
この変化は、単に髪型や服装を変えたという話ではありません。現役時代は勝負師としてのイメージを守り、引退後は店のオーナーとして人と接する。仕事に応じて自分の役割を切り替えているのです。
本人は、経営について「まぁボチボチ」と率直に話しています。成功を誇張するのではなく、日々の営業や改善を積み重ねる姿勢がうかがえます。
【松鳳山と2026年のヤメ力士超相撲】出場予定から延期までの真相
2026年の松鳳山の活動で話題になったのが、元幕内力士によるトーナメント企画「ヤメ力士超相撲」です。
このイベントは、現役を引退した力士たちが再び土俵に立ち、真剣勝負のトーナメントを行う企画として発表されました。元大関・把瑠都、元関脇・豊ノ島、元小結・臥牙丸ら、幕内経験者10人が参加予定者として名を連ねました。
松鳳山も出場者として発表され、2026年3月30日の発表記者会見に出席しています。
2026年4月の日刊スポーツのインタビューでは、松鳳山は元関脇・豊ノ島から参加を打診されたことを明かしています。店の宣伝にも協力してもらったことから、参加を決めたという経緯でした。
「激しい相撲でなく、技で皆さんをひっくり返したいと思います」
2026年の大会に向けた松鳳山のコメント。日刊スポーツ報道より。
当時の体重は約102キロ。現役時代と比べて大きく体重が落ちており、本人も普段はほとんど相撲を取っていないと説明していました。
ここで押さえておきたいのが、当初の開催予定と実際の開催状況の違いです。
主催者の株式会社E-VENTは2026年4月10日、6月6日に予定していた大会の延期を発表しました。理由は制作体制の見直しと、公演内容をさらに充実させるためと説明されています。
チケットの払い戻しも実施され、新しい開催日時は未定とされました。主催者の公式発表にも、開催延期のお知らせが掲載されています。
2026年の大会に関する確認事項
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 当初の開催日 | 2026年6月6日 |
| 会場 | アリーナ立川立飛 |
| 松鳳山 | 出場予定者として発表 |
| 発表会見 | 2026年3月30日 |
| 延期発表 | 2026年4月10日 |
| 延期理由 | 制作体制・公演内容の見直し |
| 新日程 | 公表を確認できず |
出典:株式会社E-VENT公式発表、日刊スポーツ
したがって、2026年11月現在の正確な整理は、松鳳山が大会への出場を表明し、発表会見にも参加したものの、予定されていた6月の本大会は延期されたというものです。実際に取組を行った、あるいは大会で優勝したという情報は確認できません。
それでも、引退後は相撲から完全に離れたわけではないことが分かります。店舗経営を続けながら、元力士との交流や相撲イベントへの参加にも関心を持っている点は、現在の松鳳山を理解するうえで重要です。
【松鳳山の現在を理解する】引退後の活動に関する3つのポイント
松鳳山の第二の人生を整理すると、次の3点が見えてきます。
1. 相撲協会に残らないことと、相撲から離れることは違う
親方にはならなかったものの、ABEMAの相撲中継で解説を務めたり、元力士のイベントに参加したりしています。現役時代の経験を別の仕事で生かす道を選んだといえます。
2. 四股名を新しい事業のブランドにしている
「焼肉ホルモン松鳳山」という店名は、現役時代に築いた知名度と船橋での人間関係を生かしたものです。元力士という経歴を、飲食店の集客や地域との交流につなげています。
3. 指導者ではなく経営者として人を支える
本人は若い力士を育てる指導者には向いていないと話しています。一方、現在は店舗でスタッフを雇い、飲食事業を運営しています。自分の得意分野に合わせて、人を支える方法を変えたことが分かります。
【松鳳山の現在・経歴に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:松鳳山は2026年現在、何をしていますか?
A1:千葉県船橋市で「焼肉ホルモン松鳳山」を経営しています。店舗で接客も行っており、相撲中継の解説やメディア出演などにも携わっています。
Q2:松鳳山の引退理由は何ですか?
A2:2022年5月場所で3勝12敗に終わり、幕下陥落が濃厚となったことが背景にあります。千代の国戦で敗れた後、やり切った気持ちと肉体的な限界を感じ、引退を決断しました。
Q3:松鳳山はなぜ親方にならなかったのですか?
A3:本人が指導者に向いていないと考えていたためです。年寄名跡を取得せず、親方として協会に残るよりも、自分の経験を別の仕事に生かす道を選びました。
Q4:松鳳山の最高位と金星の数はいくつですか?
A4:最高位は小結です。金星は5個で、殊勲賞1回、敢闘賞3回を獲得しています。
Q5:焼肉ホルモン松鳳山はどこにありますか?
A5:千葉県船橋市本町4-4-1の喜久水ビル2階です。JR船橋駅から徒歩約5分、京成船橋駅から徒歩約3分の場所にあります。
Q6:松鳳山は2026年6月のヤメ力士超相撲に出場しましたか?
A6:出場予定者として発表され、3月30日の発表会見にも参加しました。ただし、大会自体が4月10日に延期されたため、6月6日に実際の取組が行われたわけではありません。
まとめ:松鳳山は小結の実績を胸に船橋で第二の人生を歩んでいる
松鳳山こと松谷裕也は、2006年に初土俵を踏み、2013年には小結に昇進。金星5個、三賞4回、通算582勝という実績を残し、2022年に16年間の現役生活に幕を下ろしました。
引退の背景には、十両での成績不振、幕下陥落の可能性、肉体的な限界、そして本人が感じた相撲への心理的な変化がありました。親方にならなかったのも、現役時代の実績が不足していたからではなく、指導者よりも自分に合った仕事を選びたいという本人の意思が大きかったためです。
その選択の先にあったのが、船橋での焼肉店経営でした。現役時代に長く暮らした土地で、焼肉ホルモン松鳳山を開業。自ら店頭に立ち、地元の人々や相撲ファンとの交流を楽しんでいます。
2026年のヤメ力士超相撲については、出場予定者として発表されたものの大会が延期されました。今後の開催日程や新たな相撲関連活動にも注目が集まります。
松鳳山の歩みから分かるのは、力士としての引退が、それまでの経験を手放すことではないという点です。土俵で培った知名度、継続する力、勝負への姿勢を、今度は飲食店経営という新しい舞台で生かしています。小結・松鳳山の第二の人生は、現在も船橋を拠点に続いています。
主な参考資料:日本相撲協会公式力士プロフィール、日刊スポーツ(2022年6月の引退会見・2024年の店舗開業インタビュー・2026年の大会関連報道)、スポニチ、デイリースポーツ、日刊ゲンダイ(2026年1月18日)、焼肉ホルモン松鳳山公式サイト、株式会社E-VENT公式発表。 (出典: 松 鳳 山(Yahoo!ニュース))