土方歳三や沖田総司以外にも、新選組には写真や肖像資料が残る隊士がいる。
特に斎藤一、近藤勇、永倉新八の3人は、写真が残された時期や伝来の経緯が異なっており、比較すると興味深い。
斎藤一の写真は53歳の姿だった
斎藤一は新選組の幹部として活動した後、明治時代には藤田五郎と名乗った。
2016年7月、斎藤の子孫に関係する家で、家族写真などが見つかったことが報道された。
注目されたのは、明治30年(1897年)11月14日撮影の家族写真だ。当時53歳だった斎藤は、妻トキヲ、長男の勉、次男の剛と一緒に写っている。
撮影場所は東京・本郷の写真師、中黒実のスタジオとみられる。台紙には撮影日と長男の卒業に関する記載が残されていた。
この写真によって、斎藤一の晩年の容姿を確認する手掛かりが得られた。
さらに2026年には、福島県立博物館の資料を紹介する特別企画展「優品が語るふくしまと白河」で、斎藤一(藤田五郎)の写真が展示されている。
会場は白河市の小峰城歴史館。展示期間は2026年10月6日から11月8日までとなっている。11月3日現在、開催期間中だ。
近藤勇の写真と肖像画は別の資料
新選組局長の近藤勇についても、実物の写真が伝わっている。
佐藤彦五郎新選組資料館所蔵の「近藤勇写真」は、近藤本人が彦五郎に直接手渡したものと伝えられている。
また、近藤勇の肖像画として知られる油絵には、別の制作経緯がある。
国立国会図書館の資料情報とADEACの解説によれば、小島鹿之助が明治8年(1875年)に東京で購入した近藤の写真をもとに、土方歳三の甥である土方力三郎が肖像画を制作した。完成は明治18年(1885年)だ。
つまり、現在知られる近藤の肖像画には、写真を参考にして死後に描かれた作品も含まれている。
永倉新八の写真は晩年の姿を伝える
永倉新八は、戊辰戦争後も生き残り、新選組の活動を後世に伝えた重要人物だ。
北海道博物館が所蔵する「杉村義衛ほか集合写真」は、大正2年(1913年)5月、札幌の五十嵐写真館で撮影された。
前列中央に座っているのが永倉新八、後列と周囲には剣術仲間が写っている。
永倉は維新後、杉村義衛と名前を改め、北海道で剣術を教えるなどして生活した。写真に写っているのは、京都で新選組として活動していた青年時代ではなく、晩年の姿である。
主要隊士の写真・肖像・人物関係比較表
ここまでの資料を整理すると、次のようになる。
この比較から分かるのは、写真が残っているかどうかだけでなく、撮影された年代と資料の伝来経路が人物像を考えるうえで重要だということだ。
【新選組には本当に美男子がいた?】隊中美男五人衆の意外な正体
新選組の美男子を語る際に、ぜひ知っておきたいのが「隊中美男五人衆」という逸話だ。
実は、この5人の顔ぶれには、土方歳三も沖田総司も入っていない。
美男五人衆として伝えられた5人
歴史作家の山村竜也氏が歴人マガジンで解説したところによると、この話は子母澤寛の『新選組物語』(昭和6年)に記録されている。
子母澤寛は、新選組が屯所として使用した京都・壬生の八木家を訪れ、八木為三郎から当時の話を聞き取った。そのなかに、美男五人衆の逸話があった。
名前が挙がっているのは次の5人だ。
- 楠小十郎:当時17歳。
- 馬越三郎:当時16歳。
- 山野八十八:当時21~22歳。
- 佐々木愛次郎:当時19歳。
- 馬詰柳太郎:当時20歳。
全員が若い隊士だったことも特徴だ。
佐々木愛次郎は美男子としてどう描かれた?
5人のなかでも、佐々木愛次郎については容姿を具体的に描写した記録が伝わる。
『新選組物語』に収録された話では、色白で引き締まった体つきの若者として紹介されている。
また、八百屋の娘あぐりとの恋愛や、芹沢鴨をめぐる悲劇的な逸話も伝わっている。
ただし、これは新選組が活動した時期から数十年後に聞き取られた回想をもとにした記録だ。写真や当時の本人による記録と同じ確度で扱うことはできない。
なぜ土方歳三と沖田総司は五人衆に入っていない?
ここが重要なポイントだ。
現代では土方と沖田が新選組の美男子として有名だが、八木家に伝わる美男五人衆の逸話では別の隊士が選ばれている。
つまり、現在の新選組イケメンランキングと、当時の人々の記憶に残った美男子の顔ぶれは一致していない。
この違いは、現代の人気が写真の知名度や小説・漫画の影響を強く受けていることを示す興味深い事例だ。
【新選組の実際の顔と創作の比較】美男子イメージが定着した理由
新選組が現代でも人気を集める理由は、実際の歴史と創作の世界が密接につながっていることにある。
特に容姿のイメージは、次の3つの要因によって形成されてきた。
1. 写真が残る人物と残らない人物の差
土方歳三には幕末の写真がある。一方、沖田総司には本人の姿を確認できる写真がない。
この違いによって、読者が受け取る人物像にも差が生まれる。
土方は実際の写真を見て魅力を感じることができるが、沖田は後世の肖像画や作品のキャラクターデザインを通じて人物像を想像することになる。
2. 小説・漫画・映画による人物像の変化
新選組を扱った作品では、史実に登場する人物の性格や容姿が、物語の演出に合わせて再構成される。
代表的な作品として、次のものが挙げられる。
- 司馬遼太郎『燃えよ剣』
- 子母澤寛『新選組始末記』
- 司馬遼太郎『新選組血風録』
- つかこうへい『幕末純情伝』
作品によって土方は冷静で魅力的な副長、沖田は若く爽やかな天才剣士、斎藤は寡黙な剣士というように描かれ方が変わる。
こうしたキャラクター表現が、現代の人気イメージを形作っている。
3. 新選組は一枚岩の組織ではなかった
新選組は時期によって隊士の構成や役職が変わった組織でもある。
小島資料館所蔵の『行軍録』は、慶応元年(1865年)9月ごろに作成されたと推定される資料で、隊士の総人数を193人としている。
そこには近藤勇、土方歳三、沖田総司、永倉新八、斎藤一、藤堂平助、原田左之助などの名前が記録されている。
新選組の代表的な隊士を挙げると、次のようになる。
- 局長:近藤勇
- 副長:土方歳三
- 総長:山南敬助
- 一番隊組長:沖田総司
- 二番隊組長:永倉新八
- 三番隊組長:斎藤一
- 八番隊組長:藤堂平助
- 十番隊組長:原田左之助
※役職は編成時期によって異なる。
このように、現代では有名な数人に注目が集まりやすいものの、実際の新選組には多くの隊士が在籍していた。
新選組の美男子を判断するときの4つの基準
歴史上の人物の容姿を調べるときは、資料を次のように分類すると理解しやすい。
1. 本人の写真があるか:撮影年代や撮影者、所蔵先まで確認する。
2. 肖像画の制作年代はいつか:生前の写生なのか、死後の想像画なのかを区別する。
3. 同時代の証言があるか:実際に本人を見た人の記録か、後年の伝聞かを確認する。
4. 創作作品の設定ではないか:小説や漫画の人物像を史実の容姿と混同しない。
この基準を使えば、ネットで紹介される新選組の写真や肖像画についても、信頼性を判断しやすくなる。
【プロの結論】新選組のイケメンは誰?史実から見た本当の魅力
新選組イケメンを一人だけ選ぶなら、現存写真から実際の容姿を確認できる土方歳三が、最も分かりやすい候補になる。
一方、沖田総司は写真が残っていないにもかかわらず、創作を通じて美少年のイメージが強く定着した人物だ。
斎藤一には明治時代の写真があり、近藤勇には写真と肖像画、永倉新八には晩年の集合写真が残されている。
そして、隊中美男五人衆の逸話を知ると、現代の人気ランキングではほとんど名前が出ない隊士にも、当時の人々から美男子として記憶された人物がいたことが分かる。
写真で見える美しさ、証言で伝わる魅力、創作で生まれた理想像。この3つは分けて考えるべきだ。
新選組の人物像をより深く知るには、顔立ちだけでなく、残された書簡や写真、当時の活動記録にも目を向けたい。
【新選組イケメン】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:新選組で一番のイケメンは誰ですか?
土方歳三が代表的な候補だ。箱館で撮影された本人の写真が現存しており、実際の姿を確認できる。沖田総司も創作作品で美少年として描かれることが多く、人気の高い人物だ。ただし、史実に基づく公式の美男子ランキングは存在しない。
Q2:沖田総司は本当にイケメンだったのですか?
実際の容姿は確定していない。本人の写真は確認されておらず、有名な肖像画も1929年に子孫をモデルとして制作されたものだ。後年の回想には色黒や長身という描写もあり、現代の美少年像とは異なる可能性がある。
Q3:斎藤一の写真は本物ですか?
斎藤一(藤田五郎)の写真は現存している。特に1897年撮影の家族写真は、子孫に伝わった資料として2016年に報道された。2026年には福島県立博物館の寄託資料として、白河市の企画展でも紹介されている。
Q4:近藤勇にも本物の写真はありますか?
ある。佐藤彦五郎新選組資料館には、近藤勇が彦五郎に直接手渡したと伝わる写真が所蔵されている。また、1885年制作の肖像画は、写真を参考に描かれたものだ。
Q5:新選組の美男五人衆とは誰ですか?
楠小十郎、馬越三郎、山野八十八、佐々木愛次郎、馬詰柳太郎の5人だ。子母澤寛の『新選組物語』に記録された逸話で、現代の人気者である土方歳三や沖田総司は含まれていない。
まとめ:新選組イケメンの史実と人気イメージを見極めよう
2026年現在、新選組イケメンの代表格として知られるのは、土方歳三、沖田総司、斎藤一の3人だ。
ただし、それぞれの魅力を裏付ける資料は異なる。
- 土方歳三:幕末に撮影された本人の写真が残る。
- 沖田総司:本人の写真は確認されず、有名な肖像画は後世の制作。
- 斎藤一:1897年の家族写真などが残り、実際の晩年の姿を確認できる。
- 近藤勇:本人の写真と、写真をもとに制作された肖像画が伝わる。
- 永倉新八:1913年の集合写真が北海道博物館に所蔵されている。
さらに、隊中美男五人衆という逸話からは、現代の知名度とは異なる美男子の評価が存在していたことも分かる。
新選組の魅力は、単純な顔立ちの比較だけでは語り尽くせない。幕末を生きた隊士たちの実際の姿と、後世の人々が思い描いた理想の姿。その両方を知ることで、土方歳三や沖田総司をはじめとする隊士たちの人物像は、より立体的に見えてくる。
2026年11月8日まで開催される斎藤一の写真資料の展示も、歴史上の人物の実像に触れる機会として注目したい。
主な資料:国立国会図書館「近代日本人の肖像」、国立国会図書館サーチ、ADEACアーカイブ、北海道博物館収蔵資料検索、佐藤彦五郎新選組資料館、白河市公式ホームページ、歴人マガジン。 (出典: 新撰 組 イケメン(Yahoo!ニュース))