増嶋竜也の現在の活動を理解するうえで、大きな転換点となったのが2026年6月のジュビロ磐田への移籍です。
2026年6月18日、ジュビロ磐田は増嶋竜也のトップチームコーチ就任を正式発表しました。それまでSHIBUYA CITY FCの監督を務めていた増嶋にとって、Jリーグのトップチーム指導に携わる新たなステージへの挑戦です。
2026年11月現在の所属と役職
Jリーグ公式のチームスタッフ情報では、2026年11月2日更新の2026/27シーズンのジュビロ磐田スタッフ一覧に、増嶋竜也の名前がコーチとして掲載されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 増嶋竜也 |
| 生年月日 | 1985年4月22日 |
| 年齢 | 41歳 |
| 出身地 | 千葉県 |
| 現在の所属 | ジュビロ磐田 |
| 役職 | トップチームコーチ |
| 就任日 | 2026年6月18日 |
| 前職 | SHIBUYA CITY FC監督 |
| 指導者資格 | JFA Proライセンス |
ジュビロ磐田の公式発表では、秋葉忠宏監督を支え、選手の成長とチームの勝利に貢献する意欲を示しています。
特に注目したいのは、選手としてJリーグを経験した人物が、今度は指導者としてJリーグの現場に戻ってきた点です。
現役時代の経験に加え、高校サッカーと地域リーグでの指導経験を持つことは、現在の仕事にもつながる経歴です。
【監督退任の経緯】SHIBUYA CITY FCを離れた本当の理由は?
2026年6月の監督退任は、増嶋のキャリアにおける大きな転換点でした。
SHIBUYA CITY FCが発表した内容によると、増嶋はクラブと双方合意のうえで契約を解除し、ジュビロ磐田のトップチームコーチに就任しました。
退任発表までの時系列
今回の動きを理解するには、2025年末からの経緯を確認する必要があります。
- 2025年12月12日: SHIBUYA CITY FCが2026シーズンの監督契約更新を発表。
- 2025年12月: JFA Proライセンスの取得が明らかになる。
- 2026年6月18日: SHIBUYA CITY FCが監督退任とジュビロ磐田コーチ就任を発表。
- 2026年6月19日: SHIBUYA CITY FCでの最後のトレーニング。
- 2026年6月: 三原雅俊ヘッドコーチが後任監督に就任。
注目すべきなのは、2025年12月の時点では、増嶋自身がSHIBUYA CITY FCでの3シーズン連続昇格を目標に掲げていたことです。
翌年も監督を続投する予定だったため、2026年6月の退任はシーズン途中での決断でした。
増嶋本人が語った退任への思い
SHIBUYA CITY FCの退任発表に掲載されたコメントでは、増嶋はチームを途中で離れることへの葛藤を明かしています。
指導者としての原点は、このクラブです。
さらに、自分の人生を懸けて挑戦したいと思える機会を得たことが、新たな道へ進む決断につながったと説明しています。
ここで重要なのは、退任発表においてクラブ側が示した理由は双方合意による契約解除であり、増嶋本人も新しい挑戦への意欲を表明していることです。
成績不振による解任といった発表ではありません。
監督として残した実績は?
SHIBUYA CITY FCでの監督通算成績は次のとおりです。
監督通算成績
勝利
引き分け
敗戦
勝率(53勝÷82試合)
また、監督在任中には2度の昇格を経験しています。
2024年には関東リーグへの昇格を果たし、2025年には関東サッカーリーグ1部への昇格を達成しました。
2025年12月のクラブ公式インタビューでは、前期の苦戦から後期の6連勝へと巻き返したチームづくりについても語っています。
監督として単に勝利を積み重ねただけでなく、選手の性格や意欲を見ながら起用方法を工夫していたことが分かります。
【選手時代の経歴】市立船橋高校から6クラブを渡り歩いた17年間
増嶋竜也のサッカー人生は、高校時代から華やかな実績に彩られています。
1985年4月22日、千葉県生まれ。小学校2年生の頃からサッカーを始め、中学時代には千葉県選抜や関東選抜にも選ばれました。
その後、進学した市立船橋高校で全国的な注目を集める選手になります。
市立船橋高校時代に獲得した3大タイトル
増嶋が高校時代に経験した大きな実績は、次の3つです。
- 高校1年時:全国高校総体(インターハイ)優勝
- 高校2年時:全国高校サッカー選手権大会優勝
- 高校3年時:高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会優勝
高校年代の主要3タイトルを獲得した経験は、選手としての基礎を築く大きな財産になりました。
JFAの夢先生プロフィールによると、増嶋は高校卒業後の2004年にFC東京へ加入。同年のAFCユース選手権にはU-19日本代表の主将として出場しています。
プロ入り後の所属クラブとキャリア年表
増嶋はディフェンダーとして、複数のJリーグクラブでプレーしました。
この年表から分かるのは、増嶋が高校、J1、J2、そして地域リーグの指導現場まで、幅広いサッカー環境を経験してきたことです。
増嶋竜也のJリーグ通算成績は?
選手時代の実績を数字で見ると、SHIBUYA CITY FCの公式プロフィールでは、405試合出場26得点とされています。
一方、Jリーグデータサイトの大会別記録には、次の数字が掲載されています。
| 大会 | 出場試合 | 得点 |
|---|---|---|
| J1リーグ | 265 | 12 |
| J2リーグ | 72 | 7 |
| Jリーグカップ | 48 | 3 |
| J1・J2リーグ合計 | 337 | 19 |
このように、クラブ公式プロフィールの405試合と、Jリーグデータサイトの大会別記録は集計対象が異なります。
特に、J1・J2のリーグ戦だけで337試合に出場している点は、ディフェンダーとして長期間にわたってプロの舞台で活躍した証拠です。
【指導者としての経歴】JFA Proライセンス取得で広がった可能性
増嶋は2020年の現役引退後、すぐに指導者としてのキャリアを歩み始めたわけではありません。
まずは母校の市立船橋高校でコーチを務め、2023年からSHIBUYA CITY FCの監督に就任しました。
市立船橋高校でコーチを経験
2021年から2022年まで、市立船橋高校サッカー部でコーチを担当しました。
自身が全国大会で結果を残した高校に戻り、今度は後輩世代の選手を指導する立場になったのです。
高校サッカーとプロサッカーでは、選手に求められる能力や環境が異なります。
技術的な指導だけでなく、選手の成長段階に応じた接し方を学ぶ機会にもなったと考えられます。
2023年にSHIBUYA CITY FC監督へ
2023年1月8日、SHIBUYA CITY FCは増嶋の監督就任を発表しました。
これは増嶋にとって初めての監督経験でした。
クラブが掲げる理念は「PLAYNEW & SCRAMBLE」。渋谷という都市の特色を生かしながら、Jリーグを目指すサッカークラブづくりに取り組んでいます。
2024年と2025年の2年連続昇格は、監督としてのキャリアを語るうえで欠かせない実績です。
JFA Proライセンスとは?取得した意味を解説
増嶋の指導者としてのキャリアで重要なのが、2025年度のJFA Proライセンス取得です。
2025年12月8日、日本サッカー協会の技術委員会で、増嶋を含む7人のプロライセンス資格認定が報告されました。
JFA Proライセンスは、Jリーグの監督や日本代表監督などを目指す指導者にとって重要な資格です。
この資格を取得したことで、増嶋の指導者としてのキャリアにも新たな可能性が生まれました。
特に注目したいのは、資格取得後もSHIBUYA CITY FCで監督を続ける選択をしていたことです。
2025年12月のインタビューでは、Jリーグの世界に進むことを意識しながらも、当時は条件や自身の気持ちが十分に整っていなかったと振り返っています。
その後、2026年6月にジュビロ磐田からの新たな挑戦の機会を得ました。
資格を取得しただけでなく、実際に監督としてチームを率いた経験を積んだうえでのJリーグ復帰です。
【潮田玲子との結婚】子供は2人!増嶋竜也の家族構成
増嶋竜也のプライベートで特に知られているのが、元バドミントン日本代表の潮田玲子との結婚です。
スポーツ界で活躍してきた2人の結婚は、当時も注目を集めました。
潮田玲子との結婚は2012年9月
増嶋と潮田玲子は、2012年9月に結婚しました。
潮田玲子は、バドミントンの女子ダブルスで小椋久美子と組んだ「オグシオ」ペアとして知られています。
北京オリンピックなどで活躍した元日本代表選手で、引退後はキャスターやタレントとしても活動しています。
一方の増嶋も、Jリーグで長年プレーしてきたプロサッカー選手でした。
競技は違っても、トップアスリートとしての経験を共有できる夫婦です。
子供は長男と長女の2人
2人の間には、長男と長女が誕生しています。
| 項目 | 公表されている情報 |
|---|---|
| 夫 | 増嶋竜也 |
| 妻 | 潮田玲子 |
| 結婚 | 2012年9月 |
| 第1子 | 長男・2015年9月誕生 |
| 第2子 | 長女・2017年8月誕生 |
| 子供の人数 | 2人 |
2015年9月に長男、2017年8月に長女が誕生したことは、当時のスポーツ紙でも報じられています。
2017年8月の第2子誕生時には、潮田が「家族4人、笑顔で仲良く頑張ります」と喜びを伝えていました。
増嶋も、子供たちのために仕事を頑張りたいという思いを語っています。
現役引退後は家族でYouTube活動も
2021年には、家族で出演するYouTubeチャンネル「増嶋家ちゃんねる。」も話題になりました。
現役時代のピッチ上の姿とは異なり、家族との日常や料理などを扱う活動を展開してきました。
サッカー選手としての引退後も、メディア出演や情報発信など活動の幅を広げていたことが分かります。
ただし、家族の詳しい生活状況や子供たちの学校など、私生活のすべてが公開されているわけではありません。
公表されている結婚歴や子供の情報と、プライベートな詳細は分けて捉える必要があります。
【プロの結論】増嶋竜也のキャリア転換から見える指導者としての強み
増嶋竜也の歩みを振り返ると、単に元Jリーガーが別のクラブに移籍したという話ではありません。
選手、母校のコーチ、地域クラブの監督、そしてJリーグのトップチームコーチへと、段階的に役割を変えてきたキャリアです。
特に評価したいポイントは3つあります。
1. 選手としての実戦経験が豊富
J1・J2で長期間プレーし、6つのクラブを経験しています。守備の現場を知っていることは、選手とのコミュニケーションや試合の分析に生かせる経験です。
2. 監督として昇格を経験している
SHIBUYA CITY FCで82試合を指揮し、53勝を記録。2度の昇格を経験したことは、監督としての実績を示す具体的な数字です。
3. Proライセンス取得後にJリーグの現場へ進んだ
2025年度のJFA Proライセンス取得に続き、2026年6月にジュビロ磐田のコーチに就任しました。指導者として次の段階に進むための資格と実績を積み重ねています。
今後の注目点は、ジュビロ磐田でどのような役割を果たすかです。
監督ではなくコーチとしての就任であるため、秋葉忠宏監督を支えながら、トップチームの選手育成やチーム強化にどう貢献するかが見どころになります。
【増嶋竜也に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:増嶋竜也は現在何をしている?
A1:2026年6月18日にジュビロ磐田のトップチームコーチに就任しました。Jリーグ公式の2026年11月2日更新スタッフ情報にも掲載されています。
Q2:増嶋竜也が現役引退した理由は?
A2:2020年に所属していたジェフユナイテッド市原・千葉で現役を引退しました。出場機会に恵まれなかったことや、地元千葉のジェフでサッカー人生を終えたいという思いが決断につながりました。
Q3:増嶋竜也の妻は誰?子供は何人?
A3:妻は元バドミントン日本代表の潮田玲子です。2012年9月に結婚し、2015年生まれの長男と2017年生まれの長女がいます。
Q4:増嶋竜也のJリーグ通算成績は?
A4:SHIBUYA CITY FCの公式プロフィールでは405試合出場26得点です。JリーグデータサイトではJ1リーグ265試合12得点、J2リーグ72試合7得点など、大会別の記録が公開されています。
Q5:増嶋竜也はJFA Proライセンスを持っている?
A5:はい。2025年度にJFA Proライセンスを取得しています。これにより、Jリーグや日本代表の監督を目指すうえで必要な資格要件を満たす指導者となりました。
まとめ:増嶋竜也の現在と今後の指導者キャリアに注目
増嶋竜也は、2026年11月現在、ジュビロ磐田のトップチームコーチとして新しいキャリアを歩んでいます。
市立船橋高校で全国タイトルを獲得し、FC東京など6クラブで17年間プレー。2020年の現役引退後は母校のコーチを経て、SHIBUYA CITY FCの監督に就任しました。
監督として2度の昇格を達成し、2025年度にはJFA Proライセンスも取得。2026年6月のジュビロ磐田への移籍は、こうした経験の延長線上にある挑戦です。
また、潮田玲子との結婚や2人の子供との家庭生活も、増嶋の人生を語るうえで欠かせない要素です。
これからの注目ポイントは、Jリーグのトップチームで指導者としてどのような実績を積み重ねるかという点にあります。
選手として積み上げた17年間と、指導者としての経験。その両方を持つ増嶋竜也の今後の活躍に期待が集まります。 (出典: 増 嶋 竜也(Yahoo!ニュース))