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【熊元プロレスのプロフィール】本名・年齢・出身地を一覧で紹介

目次
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    熊元プロレスさんの基本プロフィールを整理します。

    項目詳細
    芸名熊元プロレス
    本名熊元侑里恵(くまもと・ゆりえ)
    生年月日1990年11月30日
    年齢35歳(2026年11月3日時点)
    出身地兵庫県神戸市
    血液型B型
    所属事務所吉本興業
    所属コンビ紅しょうが
    担当ボケ
    養成所NSC大阪校35期
    趣味漫画、1人カラオケ、百人一首など

    基本情報のうち、生年月日・出身地・血液型・養成所については吉本興業の公式プロフィールに掲載されています。本名については、2026年10月2日付の日刊スポーツの記事でも、テレビ番組内で本人が「ゆりえ」と呼ばれていることを明かしたエピソードとともに紹介されました。

    本名は熊元侑里恵!芸名とのギャップも個性

    紅しょうが熊元プロレス
    【画像】紅しょうが 熊 元 プロレス 関連ショット

    熊元プロレスという名前は芸名で、本名は熊元侑里恵さんです。

    2026年10月には、テレビ朝日系の番組『見取り図じゃん』に出演した際、プライベートで本名の「ゆりえ」と呼ばれることについて語っています。

    普段の舞台では「熊元プロレス」「熊プロ」といったインパクトの強い名前で親しまれているため、本名とのギャップも話題になりました。

    年齢は2026年11月30日に36歳

    紅しょうが熊元プロレス
    【写真】紅しょうが 熊 元 プロレス 近影・注目カット

    1990年11月30日生まれの熊元さんは、2026年11月3日時点で35歳です。

    同月30日に36歳の誕生日を迎えます。

    芸人としての活動歴は、NSC大阪校を卒業した2013年から数えると10年以上。2014年の紅しょうが結成以降、舞台で経験を積みながらテレビ出演や個人の仕事へと活動の幅を広げてきました。

    【生い立ちと学歴】神戸女子大学を中退して芸人を目指した理由

    紅しょうが熊元プロレス
    【資料】紅しょうが 熊 元 プロレス 報道・メディア記録

    熊元プロレスさんは兵庫県神戸市で育ちました。

    芸人としての特徴でもある大きな声や、周囲を巻き込む明るいキャラクターは、子ども時代のエピソードにも表れています。

    小学生時代から「面白さ」で注目されたいと考えていた

    熊元さんは、小学生のころから男の子にモテる方法を考えていたと、2020年のch FILESのインタビューで振り返っています。

    当時は、見た目で勝負するよりも、一緒にいて楽しいと思ってもらえる存在になることを意識していました。

    本人は、芸人を目指した原点について次のように話しています。

    「モテたい」が原点ですね。

    出典:ch FILES「THE W 2020準優勝の紅しょうが」インタビュー。

    この発想は、単なる子ども時代の思い出にとどまりません。

    人を笑わせることで自分の存在感を高めようとする姿勢は、現在の熊元さんの芸風にもつながっています。

    出身大学は神戸女子大学!歴史好きで学芸員を志望

    熊元さんは高校卒業後、神戸女子大学に進学しました。

    本人がch FILESのインタビューで明かしたところによると、歴史が好きだったことから、学芸員の資格を取得することを目指していたそうです。

    学芸員は博物館などで資料の収集・保管・展示を担当する専門職です。

    当時は、大学で学んだ知識を将来の仕事につなげることも考えていたようです。

    しかし、歴史は仕事にするよりも趣味として楽しみたいという気持ちが強くなり、大学を1年生のうちに中退しました。

    大学名と中退については、本人のインタビューとラジオ関西の報道でも確認できます。

    大学中退からNSC大阪校への進路変更

    2022年9月、ラジオ関西の番組『Clip』に関連した記事では、熊元さんが大学を1年生の前期で中退したエピソードが紹介されました。

    本人によれば、後期分の学費も支払ったうえで退学したとのことです。

    2026年4月のクランクイン!のインタビューでも、大学を辞めてNSCに進む決断について振り返っています。

    当時は母親に迷惑をかけることへの申し訳なさも感じていたそうですが、現在は結果的に良い選択だったと捉えています。

    特に、大学進学を選んだことでNSCに入る時期が変わり、ゆりやんレトリィバァさんやガンバレルーヤのメンバーと同期になれたことも、本人にとって大切な経験になったと話しています。

    【NSC大阪35期から芸人へ】熊元プロレスという名前の由来

    大学を離れた熊元さんは、吉本興業の養成所であるNSC大阪校35期に進みました。

    吉本興業の公式コンビプロフィールによると、熊元さんは2013年にNSC大阪35期を卒業しています。

    同期には、ゆりやんレトリィバァさんやガンバレルーヤなど、後に全国的な知名度を得る芸人たちがいます。

    なぜ「熊元プロレス」という芸名にしたのか

    熊元プロレスという芸名は、初めて聞く人にとって印象に残りやすい名前です。

    実は、本人がプロレス経験者というわけではありません。

    2023年9月、文化放送のラジオ番組『おとなりさん』に出演した際、芸名を決めた経緯を説明しています。

    当時、同期の芸人であるつみきさんに、なめられたくない、強く見られたいという気持ちを相談したところ、候補として挙がったのが次の2つでした。

    - 熊元プロレス
    - 熊元肉饅頭

    最終的に、字面の印象やテレビに出る芸名としての見栄えを考え、「熊元プロレス」を選択したそうです。

    本人は同番組で、プロレス自体には特に詳しくないとも話しています。

    つまり、芸名の由来は競技経験ではなく、強そうで覚えやすい名前を選んだことにあります。

    アルバイト経験で身につけた声の強さ

    熊元さんの大きな声は、漫才やバラエティー番組での大きな武器です。

    関西を元気にする芸人を紹介する「ぱど」のインタビューでは、地元のスーパーマーケットで約5年間、揚げ物コーナーのアルバイトをしていたことを明かしています。

    勤務中は商品の呼び込みも担当していました。

    そこで、単純に声を大きくするだけでなく、お客さんに届き、商品を買ってもらえる声の出し方を研究したといいます。

    本人は、このとき身につけた「売れる声」が、現在の発声のベースになっていると説明しています。

    舞台上での力強い声には、こうした実体験も生かされているのです。

    【紅しょうがの結成理由】稲田美紀との出会いとコンビ誕生秘話


    - 熊元プロレス:ボケ担当
    - 稲田美紀:ツッコミ担当
    - 結成年月:2014年10月
    - 所属:吉本興業

    熊元プロレスさんの芸人人生を語るうえで欠かせないのが、相方の稲田美紀さんです。

    2人はNSCの期が異なり、稲田さんが33期、熊元さんが35期。稲田さんが2期先輩にあたります。

    ゆりやんレトリィバァの紹介が出会いのきっかけ

    2人がコンビを組むことになったきっかけは、ゆりやんレトリィバァさんの紹介でした。

    2024年2月放送の日本テレビ系『おしゃれクリップ』で、稲田さんと熊元さんが結成当時を振り返っています。

    稲田さんは、以前のコンビを解散して相方を探していた時期に、ゆりやんさんへ「誰かいい子おる?」と相談したそうです。

    そこで紹介されたのが、NSC大阪校35期の熊元プロレスさんでした。

    稲田さんは熊元さんに連絡を取り、食事に誘います。

    その後、2人で会って話をすることになりました。

    インドカレー店で決まったコンビ結成

    2026年9月7日付のENCOUNTの記事では、MBS『かまいたちの知らんけど』で明かされた結成秘話が詳しく紹介されています。

    稲田さんから食事に誘われた熊元さんは、当初、先輩である稲田さんに対して少し怖い印象を持っていたそうです。

    しかし、食事の席で話が進み、稲田さんから一緒にコンビを組もうと提案されます。

    突然の誘いに驚いた熊元さんでしたが、最終的にはコンビ結成を了承しました。

    その食事中、満腹の状態で飲んだラッシーを思わず吹き出してしまったというエピソードも紹介されています。

    稲田さんは、その出来事も含めて熊元さんとの相性の良さを感じたと振り返りました。

    紅しょうがというコンビ名の意味

    コンビ名の「紅しょうが」にも、大阪とのつながりがあります。

    2023年の文化放送『おとなりさん』で熊元さんが説明したところによると、大阪の人は紅しょうがが好きというイメージがあり、大阪の人に愛されるコンビになりたいという思いを込めたそうです。

    大阪を活動の原点とする2人にとって、地元への親しみを感じさせる名前だったのです。

    【紅しょうがの経歴とTHE W 2023優勝】ブレイクまでの年表

    紅しょうがは、結成してすぐに全国的な人気を獲得したわけではありません。

    劇場で経験を積みながら賞レースに挑戦し、徐々に実績を重ねていきました。

    年代別キャリアと転換点

    時期出来事・実績意味・転換点2013年NSC大阪35期卒業芸人として本格始動2014年10月紅しょうが結成稲田美紀とのコンビ活動開始2018年THE W初決勝進出全国的な賞レースに挑戦2019年今宮戎マンザイ新人コンクール新人漫才奨励賞漫才の実績を獲得2020年THE W準優勝優勝候補として注目2021~2022年THE W決勝進出継続的に決勝の舞台へ2023年4月活動拠点を東京へ移転全国展開を本格化2023年12月9日THE W 2023優勝最大のキャリアの転換点2026年テレビ・舞台・ドラマなどへ活動を拡大個人としても活躍の幅を広げる

    出典:吉本興業の紅しょうが公式プロフィール、日本テレビの大会結果を伝えたナタリー配信記事など。

    THE W 2023で優勝!863組の頂点に

    紅しょうがにとって最大の転機となったのが、2023年12月9日に開催された「女芸人No.1決定戦 THE W 2023」です。

    この大会には、全国から863組がエントリーしました。

    紅しょうがは決勝のBブロックを勝ち抜き、最終決戦へ進出。スパイク、エルフと争った最終決戦を制して優勝を果たしました。

    2018年に初めて決勝へ進出してから、2020年には準優勝。2021年、2022年も決勝に進出しており、長年にわたって積み重ねた挑戦が実を結んだ結果でした。

    優勝後に変わった仕事と知名度

    2023年12月27日、紅しょうがはよしもとアカデミー東京校で特別授業を行いました。

    その際、熊元さんは優勝後の変化について、これまでになかった仕事が来るようになり、芸能界に入った実感があるという趣旨のコメントをしています。

    稲田さんも、元日に生放送で漫才を披露する番組に出演できるようになった喜びを語りました。

    賞レースの優勝は、単なるタイトル獲得ではありません。

    テレビ出演やイベント、広告、個人の仕事など、芸人として新しい機会を獲得するきっかけになりました。

    【2026年最新】熊元プロレスの現在は?東京を拠点に活動中

    2026年11月現在も活動中

    熊元プロレスさんは2026年現在も、紅しょうがのメンバーとして活動を続けています。

    東京進出後は、コンビでの漫才やテレビ出演に加え、個人名義でのバラエティー出演や演技の仕事にも取り組んでいます。

    2023年4月から東京へ活動拠点を移転

    紅しょうがは、2023年4月から活動拠点を大阪から東京へ移しました。

    吉本興業の公式プロフィールにも、東京進出と渋谷よしもと漫才劇場を中心とした活動について記載されています。

    ただし、東京に活動拠点を移したからといって、大阪での舞台活動がなくなったわけではありません。

    2026年11月の吉本興業の公演情報にも、東京のルミネtheよしもとや大阪のなんばグランド花月、よしもと漫才劇場などへの出演が掲載されています。

    東京でのメディア出演と、大阪を含む劇場での漫才活動を並行している点が現在の特徴です。

    2026年はドラマ初主演にも挑戦

    2026年4月、熊元さんはテレビ朝日系ドラマ『大丸愛は選択する』で、ドラマ初出演にして主演を務めました。

    演じたのは、恋愛妄想が止まらない刑事・大丸愛です。

    作品の特徴は、毎話のクライマックスにおける結末部分を、熊元さん自身のアドリブ演技に委ねるという構成でした。

    2026年4月4日付のクランクイン!のインタビューでは、初主演という知らせに驚いたことや、声優の仕事を経験したことで演じる楽しさを感じ、ドラマ出演にも興味を持つようになったことを明かしています。

    また、同インタビューでは東京進出についても振り返りました。

    以前は賞を取ってから東京へ行こうと考えていたものの、賞を取らなくてもゼロから頑張ればよいと考え直し、東京へ出る決断をしたそうです。

    その後、THE Wで優勝したことから、本人にとっても印象深い選択になっています。

    2026年11月もテレビ出演が続く

    11月初旬の番組表にも、熊元さんの出演予定が複数掲載されています。

    例えば、次のような番組です。

    - 『くりぃむトーク!超体験!?グランプリ』
    - 『霜降り明星せいやのスーパーキングTV』
    - 『有吉クイズ』
    - 『つまみは紅しょうが 男子〜!宅飲みするからウチ来ぃや〜!』

    また、熊元さん個人に焦点を当てた『熊プロのイケメロパラダイス』の放送情報も確認できます。

    こうした出演状況からも、2026年の熊元さんはコンビの漫才だけに活動を限定していないことが分かります。

    現在の立ち位置は「コンビの実力派」と「個人タレント」の両立

    2023年のTHE W優勝によって、紅しょうがは全国的な知名度を獲得しました。

    その後、熊元さんはバラエティー出演だけでなく、ドラマ主演などにも挑戦しています。

    特に注目したいのは、コンビとしての実績を土台にしながら、個人でも仕事の幅を広げている点です。

    熊元さんの特徴である大きな声、独特の言葉選び、恋愛に関する率直なトークは、漫才以外の番組でも生かしやすい個性です。

    2026年は、芸人としての知名度を演技や個人出演にもつなげている段階と捉えられます。

    【プロの結論】熊元プロレスが長く支持される理由と今後の可能性

    熊元プロレスさんの経歴を振り返ると、特徴的なのは、自分の個性を笑いに変える力と、環境の変化を前向きに受け入れる姿勢です。

    小学生時代に「面白さで人を惹きつけたい」と考えたことが芸人を目指す原点になり、大学中退を経てNSCへ進み、稲田美紀さんとのコンビ結成へとつながりました。

    その後、THE Wで優勝するまでには、決勝進出や準優勝を含めた長い挑戦の期間がありました。

    熊元プロレスの魅力を理解する3つの視点

    1. 自分の個性を隠さず笑いに変える

    熊元さんは、芸名から話し方、恋愛トークまで、強い個性を持っています。

    その個性を無理に一般的な芸能人のイメージへ合わせるのではなく、笑いに変えていることが持ち味です。

    2. コンビとしての実績が個人活動を支えている

    THE W優勝という実績は、紅しょうがというコンビの評価を高めました。

    さらに、個人でのバラエティー出演やドラマ主演にもつながっています。

    コンビの活動と個人の活動を両立できることは、芸人としての仕事の選択肢を広げる強みです。

    3. 大阪と東京の両方で活動できる

    東京進出後も、大阪の劇場に出演する機会があります。

    大阪で磨いてきた漫才の実力を維持しながら、東京のテレビや映像作品にも挑戦する。この活動スタイルは、今後の紅しょうがを考えるうえでも注目すべきポイントです。

    熊元さんの今後を追うなら、賞レースの結果だけでなく、コンビでの舞台活動、個人のテレビ出演、ドラマや声の仕事という3つの軸を見ると、芸人としての成長をより立体的に理解できます。

    【熊元プロレスに関するよくある質問(FAQ)】

    Q1:熊元プロレスの本名と年齢は?

    A1:本名は熊元侑里恵(くまもと・ゆりえ)さんです。1990年11月30日生まれで、2026年11月3日時点では35歳です。

    Q2:熊元プロレスの出身大学はどこ?

    A2:神戸女子大学です。歴史が好きで学芸員資格の取得を目指して進学しましたが、大学1年生の前期で中退しています。大学名と進学理由は本人がch FILESのインタビューで明かしています。

    Q3:熊元プロレスが芸人になった理由は?

    A3:小学生のころから、面白さで男の子を惹きつけたいという思いがあったことが原点です。その後、大学を中退してNSC大阪校35期に進みました。

    Q4:紅しょうがの結成理由は?

    A4:稲田美紀さんが、ゆりやんレトリィバァさんから熊元プロレスさんを紹介されたことがきっかけです。2014年10月にコンビを結成しました。

    Q5:熊元プロレスは2026年現在も大阪で活動している?

    A5:はい。2023年4月から東京へ活動拠点を移していますが、大阪の劇場にも出演しています。東京と大阪を含む幅広い地域で活動しています。

    Q6:THE Wで優勝したのは何年?

    A6:2023年12月9日です。紅しょうがは、エントリー総数863組の中から優勝しました。


    まとめ:熊元プロレスはTHE W優勝を経て新たなステージへ

    熊元プロレスさんは、1990年11月30日生まれ、兵庫県神戸市出身のお笑い芸人です。

    神戸女子大学への進学と中退を経て、NSC大阪校35期へ進み、2014年10月に稲田美紀さんと紅しょうがを結成しました。

    ゆりやんレトリィバァさんの紹介から始まった2人の関係は、2023年12月のTHE W優勝という大きな成果につながっています。

    2026年現在は東京を活動拠点としながら、大阪の劇場にも出演。さらにドラマ初主演や個人でのバラエティー出演など、漫才以外の分野にも挑戦しています。

    熊元プロレスさんの歩みを理解するうえで大切なのは、THE W優勝だけを切り取らないことです。学生時代から培ってきた笑いへの意識、NSCでの経験、稲田美紀さんとのコンビ結成、そして東京進出という選択が、現在の活躍を形づくっています。

    紅しょうがの漫才師として、そして個性豊かなピンのタレントとして、熊元プロレスさんが今後どのような新しい一面を見せてくれるのか。2026年以降の活動にも注目です。 (出典: 紅しょうが 熊 元 プロレス(Yahoo!ニュース))

    山田 裕介 (Yusuke Yamada)
    山田 裕介 (Yusuke Yamada) トレンドリサーチャー

    テクノロジーやライフスタイル領域を中心に執筆活動を行っています。趣味は写真撮影と旅行です。