REVOLVE 話題の最新トレンド&カルチャー・芸能ニュースを随時更新
2026年11月04日 更新
Novastorm 注目特集

上野恩賜公園の西郷隆盛像の建立背景や除幕式で妻・糸子が漏らした不満、着流し姿の真相を徹底解説

目次
[ 非表示 ]

    2026年現在も多くの観光客や修学旅行生でにぎわう東京・上野恩賜公園。その一角に堂々と佇む西郷隆盛像は、東京のランドマークの一つとして広く親しまれています。愛犬のサスを連れ、狩猟着のようなラフな着流し姿で上野の山から下界を見下ろす姿は、誰もが一度は目にしたことがあるでしょう。

    しかし、この日本を代表する銅像が誕生した背景には、当時の関係者たちの並々ならぬ苦労や、家族だからこそ抱いた意外な不満、そして近代日本における歴史的なドラマが隠されていました。本記事では、建立の経緯や除幕式で妻・糸子が漏らしたリアルな本音、そして知られざる見どころについて徹底的に紐解いていきます。

    📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
    • 要点1:上野恩賜公園の西郷隆盛像は、明治日本の歴史的背景と多くの人々の醵金(寄付)によって1898年に建立された。
    • 要点2:除幕式で妻・糸子は「宿んしはこげんなお人じゃなかったこてぇ」と不満を漏らし、周囲を驚かせたと伝えられている。
    • 要点3:あえて軍服ではなく着流し姿となったのは、高村光雲をはじめとする制作陣の強いこだわりと意図があったためである。

    上野恩賜公園の西郷隆盛像とは?東京を代表する歴史的モニュメントの概要

    西郷隆盛像上野
    【画像】西郷 隆盛 像 上野 関連ショット

    上野恩賜公園の象徴として愛されている西郷隆盛像は、明治時代の偉人であり、日本の近代化に多大な影響を与えた西郷隆盛を後世に伝えるために作られた銅像です。制作を手掛けたのは、近代日本彫刻界の巨匠である高村光雲(像本体)と、動物彫刻で知られる後藤貞行(愛犬サス)という、当時最高峰の芸術家たちでした。

    建立されたのは1898年(明治31年)であり、当時の人々にとっても大いなる関心事でした。上野の山という一等地にこの巨大なモニュメントが置かれたことには、西南戦争などで逆賊とされた西郷の名誉回復や、時代のうねりの中で命を落とした英霊を慰霊するという深い意味合いが込められていました。

    建立に至るまでの経緯と、高村光雲が込めた芸術的意図

    西郷隆盛像上野
    【写真】西郷 隆盛 像 上野 近影・注目カット

    西郷隆盛が亡くなった後、その多大な功績を称え、銅像を建立しようという動きは1880年代半ばから徐々に高まっていきました。しかし、政治的な立場や時代の変化もあり、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。発起人たちが全国から広く資金を集め、ようやく上野の地にその姿を現すことになります。

    ここで多くの人が抱く疑問が、「なぜ軍人としての正装や陸軍大将の軍服姿ではなく、犬を連れた着流し姿なのか」という点です。高村光雲は、西郷が権威に縛られない気さくな性格であり、普段着のままで自然体でいる姿こそがその本質を表していると考えました。あえて日常的な狩猟の装いにすることで、民衆に親しまれた温かい人柄を表現したのです。

    除幕式で妻・糸子が漏らした意外な不満の真相

    西郷隆盛像上野
    【資料】西郷 隆盛 像 上野 報道・メディア記録

    銅像の完成を祝う除幕式は盛大に行われましたが、その裏で家族の間には意外なドラマがありました。妻である糸子は、夫の晴れ姿である銅像を一目見て、胸中複雑な思いを抱いたとされています。

    当時の記録や伝承によると、糸子は「宿んしはこげんなお人じゃなかったこてぇ(うちの夫はこんな人ではなかったですよ)」と周囲に漏らし、もっときちんとした正装や格調高い服装の銅像にしてほしかったという不満を隠しませんでした。当時の価値観からすれば、和服の着流しというラフな姿で大勢の前に銅像としてさらされることは、武士の妻として少々気が引けるものだったのです。

    この発言を聞いた義弟の西郷従道は、「あの銅像は多くの人々が醵金して建てて下さったものだから、西郷家の者がかれこれ文句がましいことを言ってはなり申さん」とその場で糸子を優しく嗜めました。しかし、糸子は「あんな着流しの姿を皆様の大勢見なさる所にわざわざ建てて…」となかなか納得しなかったというエピソードが残っており、威厳ある歴史上の人物としての側面と、一人の夫・家族としてのリアルな人間模様が垣間見えます。

    西郷隆盛像をめぐる歴史的背景・主要データ比較表

    上野の西郷隆盛像に関する主要な事実や関係者の情報を、分かりやすく整理して比較します。

    項目詳細データ・主な内容備考・背景
    建立時期1898年(明治31年)多くの人々の醵金(寄付)によって上野恩賜公園に建立
    製作者本体:高村光雲 / 愛犬(サス):後藤貞行近代日本彫刻界の最高峰がタッグを組んで制作
    服装・スタイルの特徴狩猟着の着流し姿、愛犬を連れた日常のワンシーン権威主義を嫌った西郷の人柄や自然体を表現
    家族のエピソード妻・糸子が「うちの夫はこんな人ではない」と不満を漏らす除幕式当時に服装を巡る微笑ましいやり取りが残る

    現代に続く上野恩賜公園の西郷隆盛像の見どころと観光ガイド

    現在、上野恩賜公園を訪れる観光客にとって、西郷隆盛像は欠かせない散策スポットとなっています。上野駅から公園口を出て、文化施設が立ち並ぶエリアを抜けた小高い丘の上にその姿はあります。

    正面から眺めるのはもちろんですが、少し斜め横に回って、足元に寄り添う愛犬サスの表情や、どっしりとした体躯のバランスを観察するのもおすすめです。また、春には満開の桜に囲まれ、秋には色づく紅葉と重なり合うため、季節ごとにまったく異なる情緒を楽しむことができます。鹿児島県にある像(1988年に建立されたものなど)との作風の違いに思いを馳せながら見学するのも、歴史ファンならではのディープな楽しみ方です。

    【西郷隆盛像上野】に関するよくある質問(FAQ)

    Q1:西郷隆盛像が着流し姿なのはなぜですか?
    A1:製作者である高村光雲が、西郷の気取らない人柄や自然体の魅力を表現するため、権威ある軍服ではなく普段着の狩猟着スタイルを採用したためです。

    Q2:銅像と一緒にいる犬の名前は何ですか?
    A2:犬の名前は「サス」といいます。後藤貞行が動物彫刻の技術を駆使して生き生きとリアルに造り上げました。

    Q3:妻・糸子の不満はどのようなものだったのですか?
    A3:除幕式において、「夫はもっときちんとした格好の人だったのに、あのような着流し姿でさらされているのは納得がいかない」という旨の不満を漏らし、義弟の西郷従道になだめられたという逸話が残っています。

    まとめ:上野の歴史を伝えるモニュメントの魅力と現代への継承

    上野恩賜公園に佇む西郷隆盛像は、単なる歴史上の記念碑にとどまらず、明治という激動の時代を駆け抜けた一人の人間と、それを支えた家族のリアルな絆や葛藤を今に伝える貴重な文化遺産です。

    妻・糸子が漏らした意外な不満や、高村光雲が込めた芸術的なこだわりを知ることで、普段何気なく通り過ぎてしまう観光スポットも、より深く立体的な歴史ドラマとして楽しむことができるでしょう。上野を訪れた際は、ぜひその細部の造形や背景に思いを馳せて足を止めてみてください。 (出典: 西郷 隆盛 像 上野(Yahoo!ニュース))

    山本 結衣 (Yui Yamamoto)

    毎日更新されるトレンド情報を分析・発信中。役立つ裏技やおすすめ情報を分かりやすく紹介します。