MALICE MIZER(マリスミゼル)は、1992年8月に結成された日本のヴィジュアル系ロックバンドです。Mana、Közi、Yu〜kiを中心に、Tetsu、GACKT、Klahaという3人のボーカリストが歴代の歌声を担い、GAZやKamiといったドラマーもバンドの音楽性を支えてきました。1997年のメジャーデビューから1998年のアルバム『merveilles』、1999年のGACKT脱退とKamiの死去、そして2001年12月31日の活動休止まで、その歴史には大きな転換点がいくつもあります。日本コロムビアの公式プロフィールでも結成から活動休止までの記録が掲載されています。
2026年現在も、MALICE MIZERのメンバーや歴代ボーカリストに関心を寄せるファンは多く、再結成の可能性や各メンバーの現在の活動も注目されています。ここでは、メンバー8人の担当パート、加入・脱退の時期、GACKTとKlahaの違い、Kamiの死去、活動休止の背景まで、年代順に整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】 - メンバーは歴代8人: Mana、Közi、Yu〜ki、Tetsu、GACKT、Klaha、GAZ、Kami。 - 歴代ボーカルは3人: 初代Tetsu、2代目GACKT、3代目Klaha。それぞれ異なる音楽性を築いた。 - ドラマーはGAZとKami: GAZが初代、Kamiが後任として1993年から在籍。Kamiは1999年6月21日に死去した。 - 活動期間: 1992年8月結成、1997年7月19日メジャーデビュー、2001年12月31日活動休止。 - 2026年現在: バンドとしては活動休止状態。ManaとKöziは音楽活動を続けているが、正式な活動再開は発表されていない。
【メンバー一覧】MALICE MIZERの歴代8人と担当パートを紹介
MALICE MIZERのメンバーを理解するうえで重要なのは、結成時から活動休止まで同じ編成だったわけではないという点です。
ギターのManaとKözi、ベースのYu〜kiは結成時から活動休止まで在籍しました。一方、ボーカルは3人、ドラムは2人が歴代メンバーとして参加しています。
主要メンバーと担当パート
| メンバー | 担当パート | 在籍時期・役割 |
|---|---|---|
| Mana | ギター・シンセサイザー | 1992〜2001年。創設メンバー、リーダー |
| Közi | ギター・シンセサイザー | 1992〜2001年。創設メンバー |
| Yu〜ki | ベース | 1992〜2001年。結成時から在籍 |
| Tetsu | ボーカル | 1992〜1994年。初代ボーカル |
| GACKT | ボーカル・ピアノ | 1995〜1999年。2代目ボーカル |
| Klaha | ボーカル | 2000〜2001年。3代目ボーカル |
| GAZ | ドラム | 1992〜1993年。初代ドラマー |
| Kami | ドラム・パーカッション | 1993〜1999年。2代目ドラマー |
Mana:バンドの世界観を形づくったギタリスト
バンドの音楽だけでなく、衣装やステージ演出、ビジュアル面にも深く関わった人物です。
クラシカルなヨーロッパ文化やゴシックな美意識を取り入れた表現は、MALICE MIZERを単なるロックバンドとは異なる存在にしました。
活動休止後はソロプロジェクトのMoi dix Moisを始動し、ファッションブランドMoi-même-Moitiéのプロデュースなどにも携わっています。
Közi:独自の音楽表現を担うギタリスト
MALICE MIZERでは、Manaとのツインギターによって複雑で立体的なサウンドを生み出しています。
活動休止後もソロ活動やEVE OF DESTINYなどの音楽プロジェクトに参加し、独自の音楽表現を続けています。
Yu〜ki:バンドの低音を支えたベーシスト
ManaとKöziのギターによる華やかな旋律に対し、Yu〜kiのベースは楽曲の土台を支える重要な役割を担いました。
メンバーの中でも公の音楽活動が比較的少ない人物ですが、MALICE MIZERの歴史を語るうえで欠かせない存在です。
Tetsu・GACKT・Klaha:3人の歴代ボーカリスト
ボーカリストの交代は、MALICE MIZERの音楽性やステージ表現が変化する大きな要因になりました。
- Tetsu: 結成時から1994年まで在籍した初代ボーカル。
- GACKT: 1995年に加入した2代目ボーカル。メジャーデビューと人気拡大を支えた。
- Klaha: 2000年に正式加入した3代目ボーカル。後期のゴシックな音楽性を担った。
それぞれの時代で歌唱表現や楽曲の雰囲気が異なり、同じバンドでありながら異なる魅力を持っています。
【歴代メンバー変遷】1992年結成から2001年活動休止までの年表
MALICE MIZERの歴史は、大きく3つのボーカル時代に分けられます。
結成当初のTetsu期、人気が全国的に広がったGACKT期、そしてKamiの死去を経てKlahaを迎えた後期です。
日本コロムビアの公式プロフィールでは、1992年8月の結成と1997年7月19日のメジャーデビュー、2001年12月31日の活動休止が記録されています。
MALICE MIZERの主要年表
1992〜1994年:Tetsuを中心とした初期時代
MALICE MIZERは1992年8月、ManaとKöziによって結成されました。
結成後、ボーカルのTetsu、ベースのYu〜ki、ドラムのGAZが加わり、5人編成で活動をスタートします。
1992年10月31日には目黒鹿鳴館で初ライブを開催。インディーズシーンで活動を重ね、1993年にはオムニバスアルバム『BRAIN TRASH』に「SPEED OF DESPERATE」を収録しました。
1994年には初のミニアルバム『memoire』を発表。Manaが設立した自主レーベルMidi:Netteから作品をリリースするなど、独自の制作体制を整えていきました。
しかし、同年12月27日の公演を最後にTetsuが脱退。初期のメンバー構成は大きな転換期を迎えます。
1995〜1998年:GACKT加入とメジャーデビュー
Tetsu脱退後、しばらくボーカリスト不在の時期が続きました。
1995年にGACKTが加入すると、バンドは新しい音楽性とビジュアル表現を展開。1997年7月19日には日本コロムビアからメジャーデビューを果たします。
1998年にはアルバム『merveilles』を発表。華麗な衣装、クラシカルな旋律、壮大なステージ演出が融合し、MALICE MIZERの代表的な作品として知られるようになりました。
この時期は、バンドの知名度と人気が大きく広がった黄金期と位置づけられています。
1999〜2001年:GACKT脱退、Kamiの死去、Klaha加入
1999年1月、GACKTがバンドを離れ、ソロ活動へ移行します。
さらに同年6月21日、ドラマーのKamiがくも膜下出血により亡くなりました。
大きな喪失を経験した残されたメンバーは活動を継続し、2000年にはKlahaを迎えます。Klahaは当初サポートボーカルとして参加し、同年8月31日に正式メンバーとなりました。
2001年にはシングル『Gardenia』『Beast of Blood』『Garnet〜禁断の園へ〜』などを発表。しかし、同年12月31日をもってバンドは活動休止に入ります。
【脱退の真相】TetsuとGACKTはなぜMALICE MIZERを離れたのか
歴代ボーカリストの脱退理由は、現在でも検索されることの多いテーマです。
ただし、TetsuとGACKTでは状況が異なります。
Tetsuの脱退:1994年12月27日
初代ボーカルのTetsuは、1994年12月27日のライブを最後にMALICE MIZERを脱退しました。
当時のバンドは、初期のロックサウンドから、よりクラシカルで演劇的な世界観へと変化していました。
こうした音楽性やビジュアル表現の方向性の違いが、Tetsuの脱退を考える際の背景として挙げられています。
一方、脱退の個人的な事情については、本人による詳細な説明が広く確認できる形では残っていません。
Tetsuが去った後も、初期に作られた楽曲の一部は後任ボーカリストの時代に歌い継がれています。これは初期の音楽的な蓄積が、その後のMALICE MIZERにも受け継がれたことを示しています。
GACKTの脱退:1998年末から1999年1月
しかし、1998年末にはバンドとの関係が悪化。報道では、当時GACKTと連絡が取れなくなったことや、事実上の活動離脱が伝えられています。
1999年1月1日には、GACKTの公式プロフィール上でもバンド活動を経てソロ活動「Gackt Job」を開始したことが記されています。
GACKT側とメンバー側で異なる説明
脱退の経緯については、GACKT本人と残されたメンバー側の説明に違いがあります。
2017年4月、日刊スポーツはGACKTが自身のブログで当時を振り返った内容を報道しました。
GACKTは、当時の関係者から突然バンドの解散を告げられたことや、その後の話し合いが口論のような状況になったことを明かしています。
一方、1999年の雑誌インタビューの翻訳記録では、ManaがGACKTと連絡が取れなくなり、仕事の予定が残るなかでメンバーが待っていたという趣旨の説明をしています。
つまり、GACKT側は突然の解散通告と対立を強調し、残されたメンバー側は連絡が途絶えた経緯を問題視していたという違いがあります。
この問題を単純に「GACKTがバンドを裏切った」「メンバーがGACKTを追い出した」と整理することはできません。
当時のバンド運営や制作方針、メンバー間の意思疎通など、複数の要素が重なっていたことがうかがえます。
【KamiとGAZ】MALICE MIZERを支えた2人のドラマーとKamiの死去
MALICE MIZERの歴史を語るうえで、ドラマーの交代も重要なポイントです。
初代ドラマーのGAZと、後任のKamiは、在籍時期も音楽的な役割も異なります。
GAZ:結成時から参加した初代ドラマー
Mana、Közi、Tetsu、Yu〜kiとともに初期の5人編成を支えました。
しかし、1993年3月15日のライブを最後にバンドを離れます。その2日後の3月17日にはKamiが加入しました。
初期のデモ音源やライブ活動を支えたGAZは、MALICE MIZERの原点を語るうえで欠かせない存在です。
Kami:1993年から1999年まで在籍したドラマー
担当はドラムとパーカッションです。
GACKT期には、Mana、Közi、Yu〜kiとともにバンドの黄金期を支えました。
ところが、1999年6月21日、くも膜下出血により亡くなります。
当時の読売新聞の訃報でも、所属レコード会社による発表が伝えられています。
Kamiの死後も受け継がれた音楽
Kamiの死去後、MALICE MIZERは活動を完全に止めるのではなく、残されたメンバーで活動を続ける道を選びました。
2000年2月には、Kamiの残した楽曲などを収録したメモリアル作品『神話(Kami's Memorial Box)』がリリースされています。
また、2018年の結成25周年記念公演では、Kamiが使用していたドラムセットを用い、師匠であるSakuraがゲストドラマーとして演奏しました。
この公演は、Kamiの存在がバンドの歴史に今も深く刻まれていることを示す出来事でした。
【GACKT期とKlaha期を比較】音楽性・代表作品・ボーカルの違い
MALICE MIZERの歴代ボーカリストを比較する際、特に重要なのがGACKT期とKlaha期です。
両者は同じバンドに所属していましたが、音楽性やステージ演出には明確な違いがあります。
GACKT期:華麗でドラマティックな黄金期
1997年のメジャーデビュー後、1998年のアルバム『merveilles』をはじめ、数々の作品を発表しました。
この時代の特徴は、クラシック音楽の要素とロックを融合させたサウンドにあります。
華やかな衣装や演劇的なステージ演出も強い印象を残し、ヴィジュアル系シーンを代表するバンドとして存在感を高めました。
Klaha期:重厚でゴシックな世界観
Klaha加入前のMALICE MIZERは、ボーカリスト不在の状態で作品を発表していました。
その後、Klahaの参加によってボーカルを含む編成が整い、後期の音楽性が形づくられていきます。
代表作にはアルバム『薔薇の聖堂』やシングル『Gardenia』『Beast of Blood』『Garnet〜禁断の園へ〜』があります。
GACKT期と比較すると、より重厚でダークなゴシック表現が際立つ時代です。
GACKT期とKlaha期の違い
| 比較項目 | GACKT期 | Klaha期 |
|---|---|---|
| 活動時期 | 1995〜1999年初頭 | 2000〜2001年 |
| ボーカル | GACKT | Klaha |
| 代表アルバム | merveilles | 薔薇の聖堂 |
| 音楽的特徴 | 華麗でドラマティック | 重厚でゴシック |
| ステージ表現 | 華やかで演劇的 | 暗く幻想的 |
| 主な転換点 | メジャーデビューと人気拡大 | Kamiの死去後の再構築 |
どちらの時代が優れているかは、聴き手がMALICE MIZERに何を求めるかによって変わります。
バンドの代表的なヒット作品や華麗な演出を楽しみたい人にはGACKT期、ゴシックな音楽表現や重厚な世界観を楽しみたい人にはKlaha期がおすすめです。
【2026年最新】MALICE MIZERの現在と活動休止の理由、再結成の可能性
MALICE MIZERは2001年12月31日をもって活動休止しています。
日本コロムビアの公式プロフィールでも、現在まで活動休止という扱いが掲載されています。
2001年の活動休止はなぜ決まったのか
活動休止の発表は2001年12月11日で、実際の活動休止日は同月31日でした。
当時公表された趣旨は、メンバーそれぞれがアーティストとして、また一人の人間として自分自身を見つめ直し、個々の活動を展開していくための時間を必要としているというものでした。
ここで押さえておきたいのは、公式に発表されたのは「解散」ではなく「活動休止」だという点です。
GACKTの脱退やKamiの死去が大きな転換点だったことは確かですが、バンドはその後も活動を続け、Klahaを迎えて作品を発表しています。
したがって、活動休止をこの2つの出来事だけで説明するのは正確ではありません。
メンバーそれぞれの音楽的な方向性や個人活動への意向も、休止を理解するうえで重要な背景です。
2026年現在のメンバーの活動状況
2026年現在、MALICE MIZERとしての定期的なバンド活動再開は発表されていません。
一方、メンバーの音楽活動はそれぞれの形で続いています。
- Mana: Moi dix Moisを中心に音楽活動を継続。ファッションブランドのプロデュースにも携わる。
- Közi: ソロ活動や音楽プロジェクトを通じて活動を継続。
- Yu〜ki: 公の音楽活動は比較的少なく、バンドとしての定期的な出演は確認されていない。
- GACKT: MALICE MIZER脱退後はソロアーティストとして活動。
- Tetsu: MALICE MIZER脱退後も別の音楽活動へ進んだ。
- Klaha: MALICE MIZER活動休止後の近況について、継続的な公式発信は限られている。
- Kami: 1999年6月21日死去。
- GAZ: 初代ドラマーとしてMALICE MIZERの歴史に名を残す。
特に注目したいのは、2025年8月に紹介された音楽誌club Zy.のインタビューです。
Manaは再結成イベントへの出演可能性について、現在公に活動しているメンバーは自分とKöziであり、ボーカリストがいないため、MALICE MIZERとして出演するのは難しいという趣旨の説明をしています。
2018年の25周年公演は再結成だった?
MALICE MIZERは2018年9月、結成25周年を記念した公演「Deep Sanctuary VI MALICE MIZER 25th Anniversary Special」を豊洲PITで開催しました。
この公演ではMana、Közi、Yu〜kiらが参加し、Kamiの師匠であるSakuraもドラマーとして出演しました。
長期間活動を休止していたバンドの楽曲が再び演奏されたことで、大きな注目を集めました。
ただし、これは周年記念の特別な再演であり、定期的なバンド活動の再開を意味するものではありません。
今後の再結成はあり得るのか
再結成の可能性を考える際には、単にManaやKöziが活動を続けているという事実だけで判断することはできません。
MALICE MIZERの音楽は、ボーカリストの歌唱、ギターの構成、ベース、ドラム、そして視覚的な演出が一体となって成立しています。
特に歴代ボーカリストがそれぞれ異なる時代を築いてきたため、新しい編成で再始動する場合には、ボーカルの問題が大きな課題になります。
2025年のManaの発言からも、再結成にはメンバーの活動状況やボーカリストの確保など、複数の条件があることが分かります。
2026年11月時点では、正式な活動再開を前提に予定を組める状況にはありません。
【よくある質問】MALICE MIZERのメンバーに関するFAQ
Q1:MALICE MIZERの歴代ボーカルは誰ですか?
A1:歴代ボーカルは3人です。初代がTetsu、2代目がGACKT、3代目がKlahaです。Tetsuは1994年に脱退し、GACKTは1999年に脱退、Klahaは2000年に正式加入しました。
Q2:MALICE MIZERのドラム担当は誰ですか?
A2:初代ドラマーはGAZ、2代目ドラマーはKamiです。GAZは1993年に脱退し、Kamiが後任として加入しました。Kamiは1999年6月21日に亡くなっています。
Q3:MALICE MIZERは解散したのですか?
A3:公式には解散ではなく活動休止です。2001年12月31日をもって活動を休止しました。2018年には25周年記念の特別公演が開催されましたが、2026年現在、正式な活動再開は発表されていません。
まとめ:MALICE MIZERの歴史を知るなら3つのボーカル時代が鍵
MALICE MIZERは、1992年の結成から2001年の活動休止まで、約9年間にわたって独自の音楽とビジュアル表現を追求したバンドです。
ManaとKöziのツインギター、Yu〜kiのベースを中心に、Tetsu、GACKT、Klahaという3人のボーカリストが異なる時代を築きました。
GAZからKamiへのドラマー交代、GACKTの脱退、Kamiの死去、Klahaの加入といった出来事は、バンドの歴史を理解するうえで欠かせません。
特に押さえておきたいポイントは次の3つです。
1. 初期の原点を知るならTetsu期: 結成当初の音楽性やインディーズ時代の作品に注目。
2. 代表的な黄金期を知るならGACKT期: 『merveilles』を中心に、華麗な音楽と演出を楽しめる。
3. 後期の世界観を知るならKlaha期: 『薔薇の聖堂』や『Beast of Blood』など、重厚なゴシック表現が特徴。
2026年現在、MALICE MIZERとしての活動は休止したままですが、ManaやKöziをはじめ、メンバーそれぞれの音楽的な歩みは続いています。
バンドの歴史を単なるメンバー交代として見るのではなく、ボーカリストごとに変化した音楽性、Kamiが残した功績、そしてメンバーが追求した独自の美学を合わせて理解すると、MALICE MIZERという存在の魅力がより鮮明になります。 (出典: malice mizer メンバー(Yahoo!ニュース))