有働さんの学生時代を理解するうえで欠かせないのが、大阪府立北野高校と神戸女学院大学での経験です。
北野高校時代は倫理の授業がジャーナリストとしての原点に
有働さんは1984年から1987年まで大阪府立北野高校に在籍しました。
北野高校の同窓会が1992年に発行した「六稜雲報」には、本人のプロフィールと、NHK入局後の仕事について記した文章が掲載されています。
また、北野高校の同窓生向け講演記録では、高校時代の倫理の授業が、現在のジャーナリストとしての原点になったという本人の振り返りも紹介されています。
特に印象的なのは、倫理を担当した教師の授業から受けた影響です。単に知識を覚えるのではなく、物事をどう考え、社会をどう理解するのかという姿勢が、後年の報道活動にもつながっていきました。
有働さんは学生時代に剣道部にも所属していました。北野高校の同窓会報にも剣道部の記載があり、2010年の日刊スポーツのプロフィールでは、特技として剣道二段が紹介されています。
神戸女学院大学では大学祭実行委員会にも参加
1987年には神戸女学院大学文学部へ進学し、総合文化学科を卒業しました。
大学時代については、2024年11月に神戸女学院大学の創立150周年特設サイトへ本人が寄せたメッセージが参考になります。
有働さんは、当時の生活について次のように振り返っています。
大学時代は、とにかく楽しみました。
授業だけでなく、大学祭実行委員会の活動や図書館、礼拝堂で過ごした時間も思い出として挙げています。
このメッセージから伝わるのは、大学生活を学業だけに限定せず、仲間との活動や学校の環境も含めて楽しんでいた姿です。
後年、ニュースや情報番組で幅広いテーマを扱うようになった有働さんにとって、文学部総合文化学科での学びも、物事を多角的に見る土台の一つになったと考えられます。
(出典:大阪府立北野高校同窓会「六稜雲報」、神戸女学院大学創立150周年特設サイト、日刊スポーツ、東京六稜倶楽部)
【1991年NHK入局から現在まで】有働由美子の経歴年表
有働さんのキャリアは、NHKの地方局から全国放送、海外特派員、朝の情報番組、そしてフリーアナウンサーへと広がってきました。
以下に、主な経歴と転換点をまとめます。
| 時期 | 出来事・担当番組 | キャリア上の意味 |
|---|---|---|
| 1969年 | 鹿児島県生まれ | 兵庫県・大阪府で育つ |
| 1984〜1987年 | 大阪府立北野高校 | 剣道部に所属 |
| 1987〜1991年 | 神戸女学院大学文学部 | 総合文化学科で学ぶ |
| 1991年4月 | NHK入局・大阪放送局配属 | アナウンサーとしてのキャリアを開始 |
| 1994年 | 東京アナウンス室へ異動 | 『NHKニュースおはよう日本』を担当 |
| 1997年 | 『サタデースポーツ』『サンデースポーツ』 | スポーツ報道で経験を重ねる |
| 2002年 | 『NHKニュース10』 | ニュースキャスターとして活動 |
| 2006年 | 『スタジオパークからこんにちは』 | 情報・トーク番組にも活躍の場を広げる |
| 2007〜2010年 | ニューヨーク特派員 | 海外から日本へニュースを伝える |
| 2010〜2018年 | 『あさイチ』キャスター | 井ノ原快彦さんらと朝の番組を担当 |
| 2018年3月 | NHK退局 | フリーアナウンサーへ転身 |
| 2018年10月 | 『news zero』メインキャスター | 民放の報道番組で新たな挑戦 |
| 2024年3月 | 『news zero』卒業 | 約5年半の出演を終える |
| 2024年10月 | 『有働Times』スタート | テレビ朝日の日曜ニュース番組を担当 |
| 2026年 | 『有働Times』などで活動 | 報道・情報分野で出演を継続 |
この年表で特に注目したいのは、NHK入局からわずか3年後の1994年に東京へ異動し、全国放送のキャスターを担当したことです。
地方局での経験を経て、スポーツ、ニュース、生活情報、海外報道へと仕事の幅を広げてきたことが分かります。
(出典:新潮社「有働由美子 著者プロフィール」、大阪府立北野高校同窓会「六稜雲報」、東京六稜倶楽部)
【新人時代のエピソード】ニュースステーションに憧れた有働由美子
有働さんの新人時代を知るうえで、2026年1月16日に放送されたニッポン放送『うどうのらじお』での本人の回顧は見逃せません。
この放送で有働さんは、2026年1月に亡くなった久米宏さんと、その代表的な報道番組『ニュースステーション』について語りました。
NHK入局直後に提案した「ニュース25時」
有働さんは、久米宏さんが出演していた『ニュースステーション』を見て、テレビ報道の世界を志すようになったと振り返っています。
そして、NHKに入局した新人時代、自由に番組を提案する機会が与えられた際に、自ら「ニュース25時」という企画を考えたことを明かしました。
構想は、深夜1時にニュースを放送するというものです。
さらに企画書には、NHKのニュースをもっと分かりやすくし、子どもでも理解できる内容にしたいという趣旨を書いたといいます。
本人は後年、この行動を「若気の至り」と振り返っています。
しかし、ここには新人時代から一貫していた問題意識が見えます。
ニュースを伝える側の都合ではなく、受け取る側が理解できるかどうかを重視する姿勢です。
入局当初は現場取材に苦労していた
さらに興味深いのが、1992年発行の「六稜雲報」に掲載された、入局から約1年半の有働さん自身の文章です。
当時の担当業務には、朝のニュース番組の中継、甲子園のリポート、料理番組、スポーツインタビューなどが含まれていました。
本人は当時の仕事について、取材に出ても毎日のようにニュースの材料を見つけられず、上司から厳しく指導されていたと振り返っています。
その文章には、次のような考え方も記されています。
ニュースというものは、現場でしか語れないもの
これは、スタジオで原稿を読むだけでは十分に伝わらないことがあり、実際に現場へ足を運んで初めて見えるものがあるという考え方です。
1992年という入局初期の文章に、後年のジャーナリストとしての仕事観がすでに表れている点は注目に値します。
ニュースステーションは出演歴ではなく、報道への憧れ
検索では「有働由美子 ニュースステーション」という言葉が関連して表示されることがあります。
ここで押さえておきたいのは、有働さんが『ニュースステーション』の出演者だったという意味ではないことです。
本人の2026年の回顧によれば、久米宏さんの番組を見たことが、報道の世界に進みたいと思うきっかけになりました。
つまり、『ニュースステーション』は有働さんの出演経歴ではなく、報道に対する考え方に影響を与えた番組として位置付けられます。
この違いを理解すると、1991年のNHK入局時に考えていたことと、後年の報道キャスターとしての姿が一本につながります。
(出典:大阪府立北野高校同窓会「六稜雲報」1992年9月20日発行、日刊スポーツ2026年1月16日付)
【ニューヨーク特派員・あさイチ】有働由美子が全国的な人気を得た理由
有働さんのキャリアを語る際、NHK時代の大きな転換点となったのが、海外勤務と『あさイチ』です。
2007年から2010年までニューヨーク特派員
2007年から2010年まで、有働さんはNHKのニューヨーク特派員としてアメリカで勤務しました。
日本国内のスタジオからニュースを伝える仕事とは異なり、海外の現場で取材し、日本の視聴者に情報を届ける経験です。
2010年には東京へ戻り、同年3月から『あさイチ』のキャスターを担当することになります。
海外特派員としての経験は、ニュースの背景を広い視点で捉えるうえでも大きな意味を持つ経歴です。
『あさイチ』では井ノ原快彦とのコンビが話題に
2010年に始まったNHKの朝の情報番組『あさイチ』では、井ノ原快彦さんと有働さんがメインキャスターを務めました。
ニュースだけでなく、健康、家事、育児、社会問題、暮らしの悩みなど、幅広いテーマを取り上げた番組です。
井ノ原さんとの自然な掛け合いや、視聴者に近い目線でのコメントも番組の特徴でした。
2人は2018年3月にそろって番組を卒業。NHKの発表では、有働さんに新しいステージへ挑戦してもらいたいという意向も説明されました。
約8年間にわたる出演は、アナウンサーとしての知名度を大きく高めた代表的な仕事の一つです。
『あさイチ』から『news zero』へ
2018年3月にNHKを退局した有働さんは、同年10月から日本テレビ系『news zero』のメインキャスターに就任しました。
それまでのNHKでのキャリアを離れ、民放の夜の報道番組でニュースを伝える立場へ移ったのです。
約5年半にわたって出演し、2024年3月に卒業しました。
その後、2024年4月には音楽番組『with MUSIC』のMCも担当。報道番組で培った進行力を、異なるジャンルの番組でも生かしました。
(出典:新潮社「有働由美子 著者プロフィール」、NHK『あさイチ』卒業発表、ORICON NEWS)
【2026年最新】有働由美子の現在と有働Timesの活動
2026年11月現在、有働さんはNHK時代から続く報道・情報分野の経験を生かしながら、フリーアナウンサーとして活動しています。
『有働Times』で日曜のニュース・情報を伝える
2024年10月にスタートしたテレビ朝日の『有働Times』は、有働さんがメインキャスターを務めるニュース・情報番組です。
ニュース、スポーツ、芸能、天気、大型特集などを扱い、日曜夜に幅広い情報を届ける番組として編成されています。
2026年10月のテレビ朝日の番組情報でも、有働さんがMCとして紹介されています。
『with MUSIC』は2026年3月に終了
有働さんが松下洸平さんとMCを務めた日本テレビ系『with MUSIC』は、2024年4月にスタートしました。
しかし、2026年3月をもって番組終了が発表されています。
そのため、2026年現在の出演番組として『with MUSIC』を現行番組のように紹介するのは正確ではありません。
ラジオ『うどうのらじお』でも活動
ニッポン放送の『うどうのらじお』では、有働さんがパーソナリティーを務めています。
テレビの報道番組とは違った、日常の出来事や趣味、リスナーとの会話を楽しむ番組です。
2026年11月の番組案内でも、金曜午後3時30分からの放送が掲載されています。
また、テレビ朝日では『有働由美子の健康案内人!』にも出演しています。2026年10月の番組情報では、健康や日々の暮らしをテーマにした内容が紹介されていました。
テレビで見せる報道キャスターとしての顔と、ラジオでの親しみやすい語り口。その両方が現在の有働さんの活動を形作っています。
【プロの結論】若い頃から変わらないのは現場主義と伝わりやすさ
有働さんの経歴を振り返ると、若い頃と現在を結び付ける重要な要素が三つあります。
1. 現場を重視する姿勢: 新人時代から取材に出向き、実際に見たことを伝えようとしていた。
2. 分かりやすさへのこだわり: 『ニュースステーション』に影響を受け、ニュースを視聴者に理解してもらうことを意識していた。
3. 異なる分野への挑戦: スポーツ、海外報道、生活情報、夜のニュース、音楽番組と活躍の場を広げてきた。
特に重要なのは、NHK入局直後の本人の文章と、2026年のラジオでの回顧に共通する問題意識です。
約35年の時間が経過しても、ニュースをどのように伝えれば視聴者に届くのかという問いは変わっていません。
若い頃の写真だけでは見えない、有働由美子さんの仕事人としての魅力は、こうした長年の積み重ねにあります。
【有働由美子の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:有働由美子は何歳でNHKに入局した?
1991年4月にNHKへ入局しました。1969年3月22日生まれのため、入局時は22歳でした。
Q2:有働由美子は学生時代に剣道をしていた?
はい。北野高校の同窓会資料には剣道部の記載があり、日刊スポーツのプロフィールでは剣道二段として紹介されています。
Q3:有働由美子はニュースステーションに出演していた?
出演者としてではありません。本人が2026年1月のラジオ番組で、久米宏さんの『ニュースステーション』に影響を受け、報道の世界を志したと明かしています。
まとめ:有働由美子の若い頃を知ると現在の活躍がもっと分かる
有働由美子さんの若い頃は、単に初々しい新人アナウンサーだったというだけではありません。
大阪府立北野高校で学び、剣道部で活動した学生時代。神戸女学院大学での充実した大学生活。そして1991年のNHK入局後、取材現場で苦労しながら自分の伝え方を模索した新人時代がありました。
2007年からのニューヨーク特派員、2010年から8年間担当した『あさイチ』、2018年のフリー転身、『news zero』を経て、2024年には『有働Times』のMCに就任しています。
2026年現在も、報道や情報番組で活動を続けています。
若い頃の写真や画像を探している人にとっても、年代ごとの姿と出演番組を照らし合わせることで、外見の変化だけでなく仕事への取り組み方の変化も見えてきます。
有働由美子さんの若い頃から現在までを貫いているのは、現場で確かめ、難しいことを分かりやすく伝えたいという姿勢です。 その原点を知ることが、現在の活躍を理解する一番の手掛かりになります。
主な参照資料: 新潮社の著者プロフィール、北野高校同窓会「六稜雲報」(1992年)、東京六稜倶楽部の講演記録、神戸女学院大学の創立150周年記念メッセージ、日刊スポーツ、テレビ朝日の番組情報、ニッポン放送の番組公式情報、スポニチの2026年3月の番組改編報道。 (出典: 有働 由美子 若い 頃(Yahoo!ニュース))