2026年現在、KAT-TUN(カトゥーン)はすでに解散していますが、結成当初の6人や、赤西仁・田中聖・田口淳之介が脱退した順番、それぞれの現在の活動を知りたい人は少なくありません。2001年に結成されたKAT-TUNは、メンバーの変遷を経て亀梨和也・上田竜也・中丸雄一の3人体制となり、2025年3月31日にグループとしての活動に幕を下ろしました。
注目したいのは、解散後もメンバー同士の交流が続いていることです。2025年11月のラストライブ「Break the KAT-TUN」では赤西仁が会場を訪れ、2026年には元メンバー同士の再会やソロ活動を通じた交流も報じられています。6人のプロフィール、脱退理由、解散に至った経緯、そして2026年11月現在の活動状況まで、時系列に沿って整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 結成時のメンバー:亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一の6人。
- 脱退順:2010年の赤西仁、2013年の田中聖、2016年の田口淳之介。残った3人は2025年3月31日まで活動した。
- 解散日:2025年3月31日。約1年間の協議を経て、それぞれの道を歩む決断が発表された。
- 最後のライブ:2025年11月8日の「Break the KAT-TUN」。解散後に3人が再びKAT-TUNとしてステージに立った。
- 2026年の現在:6人はそれぞれソロの音楽活動、俳優業、舞台、テレビ出演など個人の道を歩んでいる。
【結成時の6人】KAT-TUNの元メンバーは誰?名前とプロフィールを紹介
KAT-TUNは2001年に結成された男性アイドルグループです。結成当初のメンバーは6人で、亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一という顔ぶれでした。
グループ名の「KAT-TUN」は、それぞれのメンバーの名字の頭文字を組み合わせたものです。Kが亀梨、Aが赤西、Tが田口、Tが田中、Uが上田、Nが中丸に対応しています。メンバーをつなぐハイフンには、ファンの存在を表す意味も込められています。
結成時の6人のメンバー一覧
| メンバー | 頭文字 | 主な活動・特徴 |
|---|---|---|
| 亀梨和也 | K | 歌手・俳優・ソロアーティスト |
| 赤西仁 | A | 歌手・ソロアーティスト・音楽活動 |
| 田口淳之介 | T | 歌手・俳優・ソロアーティスト |
| 田中聖 | T | 歌手・ラッパー・音楽活動 |
| 上田竜也 | U | 歌手・俳優・舞台活動 |
| 中丸雄一 | N | 歌手・タレント・漫画・イラスト活動 |
6人の個性が際立っていたことも、KAT-TUNの魅力でした。亀梨和也と赤西仁は、2005年放送のドラマ「ごくせん」第2シリーズなどを通じて広く知られるようになり、デビュー前から大きな人気を集めました。
2006年3月22日にはシングル「Real Face」でCDデビュー。デビュー前から東京ドーム公演を成功させるなど、異例の注目を集めたグループでした。
その後、メンバーの脱退が相次ぎましたが、残った3人はグループを存続させ、充電期間を経て再始動しています。単純に人数が減っただけではなく、グループの方向性や活動形態そのものが変化していった点が、KAT-TUNの歴史を理解するうえで重要です。
【時系列で解説】KAT-TUNの脱退順と赤西仁・田中聖・田口淳之介の脱退理由
KAT-TUNの脱退順は、赤西仁、田中聖、田口淳之介です。それぞれ離脱した時期も理由も異なり、3人を同じ事情でまとめることはできません。
1人目:赤西仁は2010年に方向性の違いから脱退
最初にグループを離れたのは赤西仁です。
2010年、赤西はアメリカ・ロサンゼルスでの活動など、ソロアーティストとしての活動を進めていました。同年7月20日、公式サイトを通じてソロ活動に専念することを表明し、KAT-TUNからの脱退が正式に明らかになりました。
当時の日刊スポーツなどの報道によると、赤西は脱退理由について「強いて言えば方向性の違い」と説明しています。また、メンバーとの不仲や人間関係のもつれが理由ではないとも述べていました。
つまり、赤西の脱退はグループ内の人間関係だけで説明できるものではなく、海外での活動を含めた自身の音楽的な方向性を優先した選択でした。
脱退後はソロ歌手として活動を続け、国内外でライブや音楽制作に取り組んできました。2026年も自身の公式サイトでライブや映像出演などの情報を発信しています。
2人目:田中聖は2013年に事務所との契約解除で脱退
2人目は田中聖です。
2013年9月30日付で、当時の所属事務所は田中との専属契約を解除しました。10月9日に発表された理由は「度重なる事務所のルール違反行為があった」というものでした。
この契約解除に伴い、田中はKAT-TUNを脱退。グループは亀梨和也、田口淳之介、上田竜也、中丸雄一の4人体制になりました。
当時、田中本人はメンバーへの感謝と謝罪を表明し、今後もタレント活動を続ける意向を示していました。
なお、契約解除について事務所が公式に説明した中心的な理由は、繰り返されたルール違反です。報道された個別の問題と、事務所が公表した契約解除理由は区別して理解する必要があります。
その後、田中はロックバンドINKTのボーカルやソロのラッパーとして活動しました。一方、薬物事件による逮捕と実刑判決を経て、2026年に刑期を終えています。現在の動向については後述します。
3人目:田口淳之介は2016年に自分の道を選んで脱退
3人目は田口淳之介です。
2015年11月24日、日本テレビ系の音楽番組「ベストアーティスト2015」の生放送中、田口は翌春にKAT-TUNを脱退し、所属事務所も退所することを発表しました。
田口本人は、30歳を目前にして今後の人生の歩み方を考え、自分の道を選択したと説明しています。所属事務所も再契約を行わないことで双方が合意したと発表しました。
上田竜也は当時、4人でさらなる高みを目指す話し合いを重ねる中で、田口から同じ方向を向いて進めないという話が出たことを明かしています。本人への説得も試みたものの、田口の意思は固かったと報じられました。
そして、2016年3月31日をもって田口はKAT-TUNを脱退し、事務所を退所しました。
この脱退によって、結成時の6人は亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人になりました。
3人の脱退理由を比較
3人の離脱には、ソロ活動への方向性、事務所との契約問題、人生設計の違いという異なる背景があります。
| 脱退時期 | メンバー | 公表された主な経緯 | その後 |
|---|---|---|---|
| 2010年 | 赤西仁 | ソロ活動への専念、方向性の違い | 国内外でソロ音楽活動 |
| 2013年 | 田中聖 | 事務所が度重なるルール違反を理由に専属契約を解除 | バンド・ラップなどの音楽活動 |
| 2016年 | 田口淳之介 | 本人が自分の道を選択。事務所と再契約しないことで合意 | ソロ歌手・イベント活動 |
この表から分かるように、脱退という結果は同じでも、決定に至る経緯はそれぞれ違います。特に赤西と田口は本人の活動方針や将来の選択が関係しており、田中の場合は事務所側による契約解除という性質の異なる出来事でした。
【3人体制から解散へ】KAT-TUNの歴史と2025年3月31日の決断
田口の脱退後、KAT-TUNは亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人で活動することになりました。しかし、3人体制になってすぐに順調な再スタートを切れたわけではありません。
2016年5月から充電期間へ
2016年3月22日にCDデビュー10周年を迎えたKAT-TUNは、同年5月1日の東京ドーム公演を最後に充電期間へ入りました。
当時のメンバーは、充電期間を解散とは位置づけず、将来のグループ活動に向けた時間と説明していました。3人はそれぞれソロ活動に専念し、グループとしての活動を一時休止します。
この期間は、メンバーの人数が減った状況で今後の活動をどう組み立てるかを考える時間でもありました。
2018年1月に3人で再始動
2018年1月1日、KAT-TUNは再始動を発表しました。
同年4月には東京ドーム公演を開催し、3人体制で本格的にグループ活動を再開。以降は音楽活動やライブ、テレビ出演などを続けました。
2021年にはNHK紅白歌合戦に初出場。6人での結成からメンバーの脱退、充電期間を経て、3人で新しい歴史を築いたことは、グループにとって大きな節目でした。
2025年2月12日に解散発表、3月31日に活動終了
2025年2月12日、STARTO ENTERTAINMENTはKAT-TUNを同年3月31日付で解散すると公式発表しました。
発表では、2024年4月に同社と契約して活動を続けていたものの、約1年間にわたってメンバーと協議を重ねた結果、2025年4月1日以降はグループの看板を下ろし、それぞれの道を選ぶ形がメンバーにとってより良いと会社として判断したと説明しています。
同時に、メンバーの今後についても明らかにされました。
- 亀梨和也:2025年3月31日の契約満了をもってSTARTO ENTERTAINMENTを退所。
- 上田竜也:個人としてSTARTO ENTERTAINMENTとの契約を継続。
- 中丸雄一:個人としてSTARTO ENTERTAINMENTとの契約を継続。
解散発表にあたっては、3人もファンに対する謝罪と感謝を伝え、最後までKAT-TUNとして誇りを持って活動したいという意向を示しました。
日刊スポーツの報道では、解散は亀梨の退所決断だけが直接的な原因ではなく、メンバー間と事務所が1年以上にわたって話し合った末の判断だったとされています。
したがって、2025年の解散を単純に「亀梨和也が事務所を辞めたから」と説明するのは正確ではありません。グループの今後や契約のあり方を含めた総合的な判断だったのです。
【2025年11月8日】ラストライブ「Break the KAT-TUN」と元メンバーの再会
KAT-TUNの歴史を語るうえで、解散日だけでなく、その後に開催された最後のライブも欠かせません。
2025年11月8日、千葉県のZOZOマリンスタジアムで「Break the KAT-TUN」が開催されました。2025年3月31日にグループが解散してから約7か月後、亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人がKAT-TUNとして再びステージに立った特別公演です。
全51曲で振り返ったKAT-TUNの歴史
公演では、デビュー曲「Real Face」をはじめ、ジュニア時代の楽曲「ハルカナ約束」など、全51曲が披露されました。
特に注目を集めたのは、6人時代の映像や音源を取り入れた演出です。デビュー曲では脱退した3人の歌声も流れ、結成時の6人で歩んできた歴史がステージ上によみがえりました。
この公演は、3人体制の活動だけを振り返るライブではありません。6人で始まったグループの歴史と、その後の変化を含めてファンに届ける最後のパフォーマンスでした。
赤西仁が会場に来場し、終演後に4ショットを公開
公演当日、もう一つ話題になったのが赤西仁の来場です。
赤西はライブに出演する予定はないと事前に説明していましたが、当日は会場を訪れ、3人の最後のステージを見届けました。
終演後には亀梨和也、上田竜也、中丸雄一、赤西仁の4人で記念撮影。赤西と中丸がそれぞれSNSで写真を公開したことも報じられています。
一方、田中聖と田口淳之介はステージには出演していません。田口は翌日に高熱でライブを見られなかった旨をSNSで伝えたと報じられました。田中は当時、服役中でした。
ここで押さえておきたいのは、赤西が出演者として復帰したわけではないという点です。会場への来場と終演後の交流が確認されたのであり、6人がそろってステージに立った公演ではありません。
2026年も続く元メンバー同士の交流
さらに2026年10月23日配信のFRIDAYデジタルは、解散後も続く元メンバー同士の交流を報じました。
記事によると、2026年7月の赤西仁のライブには上田竜也と中丸雄一が訪れていたとされ、9月の亀梨和也のソロライブでは赤西が出張クレープ店を手配して差し入れをしたといいます。
また、2026年10月11日に神奈川県で開催された中丸雄一のソロライブ「When We Meet」には田中聖が来場しました。
中丸は番組出演時に、田中とはライブの数日前に約13年ぶりに会い、食事をしながら近況を話したと説明しています。田中もSNSで中丸との再会について触れました。
グループとしての活動は終わっていても、個人間の関係まで断ち切られたわけではありません。かつて同じステージに立った仲間として、時間を経ても交流が続いていることがうかがえます。
【2026年最新】KAT-TUN元メンバー6人の現在の活動状況
2026年11月現在、KAT-TUNというグループは解散していますが、6人全員が芸能活動や個人の活動を通じて、それぞれの道を歩んでいます。
亀梨和也:ソロ歌手・俳優として活動
亀梨和也は2025年3月31日にSTARTO ENTERTAINMENTを退所し、個人として芸能活動を続けています。
2026年は音楽活動にも力を入れており、7月8日に1stアルバム「WAVE」をリリース。ソロライブツアー「KAZUYA KAMENASHI LIVE TOUR 2026 -FROM HERE-」も開催しました。
さらに、2026年10月には「THE FIRST TAKE」での楽曲公開に関する情報も公式サイトで発表されています。グループ時代から培ってきた歌唱力や表現力を、ソロアーティストとして発信している状況です。
赤西仁:国内外を視野に入れた音楽活動を継続
赤西仁は2010年の脱退後、ソロアーティストとして活動してきました。
2026年も公式サイトで「JIN AKANISHI HEART LIVE 2026」などのライブ情報を公開。音楽活動だけでなく、映像コンテンツへの出演やジュエリーブランドに関する展開なども発表しています。
2025年の「Break the KAT-TUN」への来場や、2026年の亀梨への差し入れなど、KAT-TUN時代の仲間との交流も話題になっています。
田中聖:2026年に刑期満了、音楽活動を再開
田中聖の現在については、2026年に大きな動きがありました。
田中は薬物事件に関連して実刑判決が確定し、2024年2月に収監されていました。その後、2026年2月25日に仮釈放され、同年9月23日に刑期満了を迎えています。
2026年9月24日には、田中聖a.k.a.JOKER名義で復帰アルバム「KING'S BACK」の配信を開始。ミュージックビデオの公開や公式サイト、ファンクラブの開設も発表しました。
さらに、2026年11月5日には埼玉県の大宮ソニックシティで復帰ライブ「LIFE ~encore~」を開催する予定です。
2026年9月のSmart FLASHのインタビューでは、出所後に音楽療法士の資格を取得したことも明らかになりました。また、11月3日には自身の経験をつづる連載「田中聖のcurtain call」がスタートしています。
過去の事件による影響は小さくありませんが、現在は音楽活動の再開と自身の経験を発信する活動に取り組んでいます。
田口淳之介:ソロアーティストとしてライブやイベントに出演
田口淳之介は2016年の脱退・退所後、ソロアーティストとして活動を再開しました。
2019年には大麻取締法違反で逮捕され、有罪判決を受けた経緯もあります。その後も音楽活動やイベント出演などを続けてきました。
2026年の公式サイトには、ライブやイベント、トークショーなどの出演情報が掲載されています。9月には大阪でのランチショーや京都でのライブに関する告知があり、10月1日には誕生日当日のディナーショー開催も発表されました。
現在はグループ活動ではなく、ソロでファンと交流するスタイルが中心です。
上田竜也:俳優・舞台を中心に幅広く活躍
上田竜也はKAT-TUN解散後もSTARTO ENTERTAINMENTに所属し、俳優や舞台を中心に活動しています。
2026年は舞台「ノッキンオン・ロックドドア THE STAGE」で主演を務め、10月から11月にかけて公演を行っています。
また、2027年にはミュージカル「三銃士:Reborn」への主演も予定されています。音楽活動だけでなく、舞台俳優としての存在感をさらに広げている状況です。
中丸雄一:テレビ出演・個人ライブ・クリエイティブ活動
中丸雄一も上田と同様、STARTO ENTERTAINMENTとの契約を継続しながら個人活動を行っています。
2026年の公式サイトには、テレビ番組「プレバト」への出演や「昼までダラット」などの番組出演情報が掲載されています。
また、個人ライブ「When We Meet」を開催するなど、ファンと直接交流する活動にも取り組んでいます。
中丸はイラスト制作や漫画、ナレーションなどの分野でも活動しており、アイドル・タレントという枠にとどまらないクリエイティブな仕事を続けています。
2026年10月には田中聖がソロライブに来場したことも明らかになり、元メンバーとの交流という面でも注目されました。
【プロの結論】KAT-TUNの脱退と解散は何が違う?よくある誤解を整理
KAT-TUNの歴史を振り返る際、混同されやすいのが「脱退」「退所」「充電期間」「解散」という4つの言葉です。それぞれ意味が異なり、出来事を正確に理解するには区別が必要です。
脱退・退所・充電期間・解散の違い
- 脱退:メンバー個人がグループから離れること。赤西仁、田中聖、田口淳之介が該当する。
- 退所:所属している芸能事務所との契約を終了し、事務所を離れること。脱退と同時に起こる場合もある。
- 充電期間:グループ活動を一時休止し、メンバーが個人活動などに専念する期間。2016年から2017年のKAT-TUNが該当する。
- 解散:グループそのものの活動を終了すること。KAT-TUNは2025年3月31日付で解散した。
重要なのは、2016年の充電期間と2025年の解散は同じではないという点です。
2016年の充電期間では、メンバー自身が将来のグループ活動を見据えた休止と説明していました。実際、2018年に3人で再始動しています。
一方、2025年の解散は、事務所との契約更新をめぐる協議を経て決定されたグループ活動の終了です。単なる休止ではなく、KAT-TUNというグループの看板を下ろす決断でした。
解散後に6人が再結成する可能性はある?
2025年のラストライブや2026年の交流報道を見ると、元メンバー同士の関係が完全に途絶えたわけではないことが分かります。
ただし、個人的な再会や差し入れ、ライブへの来場と、グループとしての再結成は別の話です。
2026年11月現在、KAT-TUNの6人による再結成や新しいグループ活動が公式に発表された事実はありません。
また、2025年11月の「Break the KAT-TUN」は解散後に実現した最後のパフォーマンスであり、解散が撤回されたわけではありません。
6人時代と3人体制、どちらがKAT-TUNの本質なのか
KAT-TUNの魅力は、結成時の6人だけに限定されるものではありません。
6人時代には、亀梨和也と赤西仁の存在感を中心に、個性の異なるメンバーが集まった強いグループカラーがありました。一方、3人体制では、人数の変化を受け止めながら、充電期間や再始動を経験し、独自の活動スタイルを確立しています。
特に注目したいのは、3人体制になってからも活動を続け、紅白歌合戦への初出場や新たなライブを実現したことです。
人数が減ったことだけをグループの衰退と捉えるのではなく、残ったメンバーが新しい形で活動を続けた過程にも目を向ける必要があります。
そして2025年の解散後、2026年には元メンバー同士の交流が報じられるようになりました。グループとしての活動が終わっても、共に歩んだ時間や人間関係がすべて消えるわけではないことを示す出来事です。
【KAT-TUN元メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:KAT-TUNの元メンバーは全部で何人ですか?
A1:結成時のメンバーは6人です。赤西仁、田中聖、田口淳之介の3人が先に脱退し、亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人が最後までグループに在籍しました。2025年3月31日の解散後は、6人全員が元KAT-TUNのメンバーです。
Q2:KAT-TUNの脱退順は誰からですか?
A2:2010年の赤西仁、2013年の田中聖、2016年の田口淳之介の順です。赤西は方向性の違い、田中は事務所による契約解除、田口は自分の道を選択したことが、それぞれの主な経緯です。
Q3:KAT-TUNが解散した理由は亀梨和也の退所ですか?
A3:亀梨の退所だけが理由ではありません。STARTO ENTERTAINMENTの公式発表では、約1年間にわたるメンバーとの協議を経て、それぞれの道を選ぶ方が今後のメンバーにとって良いと判断したと説明されています。
Q4:KAT-TUNの最後のライブはいつ開催されましたか?
A4:2025年11月8日、千葉県のZOZOマリンスタジアムで「Break the KAT-TUN」が開催されました。解散後の特別公演で、亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人が全51曲を披露しました。
Q5:赤西仁はKAT-TUNのラストライブに出演しましたか?
A5:ステージ上での出演はありませんでしたが、会場には来場していました。終演後には亀梨、上田、中丸との4ショットも公開され、ファンの間で大きな話題になりました。
Q6:2026年現在、田中聖は何をしていますか?
A6:2026年9月23日に刑期満了を迎え、翌24日に「田中聖a.k.a.JOKER」名義で復帰アルバム「KING'S BACK」を配信しました。音楽活動の再開や自身の経験を発信する連載などに取り組んでいます。
まとめ:KAT-TUNの6人が歩んだ歴史と2026年の現在
KAT-TUNは2001年に6人で結成され、2006年の「Real Face」でCDデビューしました。その後、2010年に赤西仁、2013年に田中聖、2016年に田口淳之介が脱退し、亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人体制へと移行しました。
2016年の充電期間と2018年の再始動を経て、3人は長年にわたりグループ活動を継続。しかし、約1年間の協議の末、2025年3月31日にKAT-TUNは解散しました。
その後の「Break the KAT-TUN」では、6人時代の映像や楽曲を取り入れた演出が行われ、赤西仁も会場を訪れました。さらに2026年には、赤西と亀梨の交流や、中丸と田中の約13年ぶりの再会など、元メンバー同士の関係が改めて注目されています。
2026年11月現在、6人はそれぞれ異なる活動を続けています。亀梨はソロアーティスト、赤西は国内外での音楽活動、田中と田口は個人での音楽・イベント活動、上田は舞台や俳優業、中丸はテレビやクリエイティブ活動を中心に活躍しています。
押さえておきたいのは、KAT-TUNの解散はグループとしての活動終了であり、6人それぞれの芸能活動や人間関係の終わりを意味するものではないということです。
6人で始まり、3人で再始動し、25年にわたる歴史に幕を下ろしたKAT-TUN。その歩みは、メンバーが変わってもグループの名前と楽曲を守り続けた歴史でもあります。今後も個々の活動と元メンバー同士の交流から目が離せません。
主な事実確認資料: STARTO ENTERTAINMENT公式発表、Storm Labels公式ディスコグラフィー、各メンバー公式サイト、日刊スポーツ、オリコン、テレビ朝日ニュース、FRIDAYデジタル、Smart FLASH。